連載•小説 浅井・朝倉に押された織田・徳川「姉川の逆転劇」
浅井・朝倉に押された織田・徳川「姉川の逆転劇」
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2026/04/13

 永禄12年(1570年)6月、信長は徳川家康とともに、浅井長政の居城・小谷城近隣の姉川で朝倉
義景・浅井長政両軍と再び対峙する。金ヶ崎からわずか1か月後のことである。
徳川軍は朝倉軍に、浅井軍は信長軍に戦いを仕掛けた。浅井軍の磯野員昌が信長軍を押しまく
って信長のいる本陣まで押し寄せ、朝倉軍も家康軍を圧倒する勢いだった。
ところが、家康軍の第2陣にいた徳川四天王の一人・榊原康政の軍が、第1陣の同じく四天王・
酒井忠次の軍を追い越して疾走、前のめりになって隊列が伸び切った朝倉軍の右の横腹を突い
たのだ。
これを機に戦いの流れが逆転した。朝倉軍は一気に総崩れ。家康軍は総攻撃をかけて撃破、信
長軍に押された浅井軍は小谷城まで退却した。両軍合わせて死者2500人超、負傷者はその3倍に
も上ったという。
小谷城・一乗ヶ谷城の両拠点で体勢を立て直した浅井・朝倉両軍が同年9月から10月、信長・義
昭・六角氏ら2万超の軍勢を迎え撃ったのが志賀の陣だ。約2カ月の持久戦だったが、冬の到来
に加え、本願寺顕如が三好三人衆とともに大坂で蜂起。虚を突かれた信長は撤退を余儀なくさ
れる。
顕如の蜂起は義昭が促したものだった。(つづく)
(西川修一)

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