現在、中東情勢はかつてない激動の渦中にある。2026年に入り、イスラエルとイラン、そしてその代理勢力による衝突は局地的な紛争の域を超え、大規模な軍事作戦へと発展した。テヘランへの直接攻撃やホルムズ海峡の封鎖といった事態は、エネルギー供給の途絶を通じて世界経済を根底から揺るがしている。しかし、この危機の真の恐ろしさは、中東という地理的枠組みの中だけに留まるものではない。最も警戒すべきは、この混乱が東アジア、とりわけ台湾海峡を巡る情勢において、中国に対して誤ったシグナルを与えてしまうことにある。 米国にとって、中東での戦火拡大は戦略的なリソースの決定的な分散を意味する。バイデン政権から続く対中抑止戦略は、本来、軍事力と外交努力をインド太平洋地域に集中させるピボットを前提としていた。しかし、中東で大規模な軍事介入や際限のない支援を余儀なくされれば、米国の空母打撃群や精密誘導兵器の在庫、そして何より政権のリソースが中東に吸い取られることになる。北京の指導部は、この状況を米国の衰退と力の空白の予兆と受け取る可能性がある。米国が二正面、あるいはウクライナを含めた三正面での対応に苦慮する姿を見せれば、中国国内で「今こそ台湾問題に決着をつける好機である」という主戦論が勢いづく恐れは否定できない。 また、中東における国際秩序の機能不全は、規範の弱体化を招く。もし中東での武力行使が決定的な制裁や抑止を受けずに進展してしまえば、それは力による現状変更が21世紀においても有効な手段であるという誤った教訓を中国に与えかねない。中国は現在、2027年までの台湾侵攻能力の整備を目標に掲げ、軍事演習を常態化させている。中東情勢の泥沼化により西側諸国の結束が乱れ、経済制裁の効力が限定的であると見透かされれば、中国が台湾統一へのタイムテーブルを大幅に早める動機になり得る。 日本にとっても、これは深刻な安全保障上のリスクである。中東の混乱による原油価格の高騰は日本経済を直撃するが、より本質的な脅威は、米国の中東への再回帰がもたらす東アジアでの抑止力低下である。日本政府は台湾有事を日本の存立に直結する事態として警戒を強めているが、米国が中東に足を取られている隙に中国が挑発を強めれば、日本はかつてない困難な決断を迫られることになる。国際社会は中東の火消しに奔走すると同時に、中国に対し「世界が中東を注視していても、台湾海峡における現状変更は断じて許さない」という明確な意思表示を、軍事的・経済的の両面で示し続けなければならない。中東の戦火が、地球の裏側で新たな悲劇を誘発する引き金になることだけは、何としても避けなければならない。 (ジョワキン)