信長が英才教育を施した国衆・土豪の次男、三男たち
連載•小説
2026/02/19
北側が要害である村木砦を、残る東西と南から攻める織田軍は、今川勢の援軍が来る前に決着をつけようと、銃を取っかえ引っかえしながら集中的に投入。別動隊に堀を乗り越えさせて力ずくで攻め続けた。信長自身も自ら鉄砲を抱え、銃撃に加わったという。
必要なリソースを調達して要所にぶち込むのが信長の天才性の一つだが、この命知らずの力攻めを可能にしたのが、幼少期から信長とともに苦楽を共にした小姓たちだった。信長の周囲には、家臣や国衆・土豪の次男・三男・庶子たちが集まっていた。彼らの命がけの働きが、村木砦をついに落城に追い込んだと言える。
砦側には数多くの死傷者が出て、その日のうちに信長に降伏。しかし小姓たちの被害も少なくなく、信長もそれに涙したと伝えられている。
信長の小姓たちは、武士としての素養は十分でも家督と所領を継ぐ長男ではないため、分家や他家で出世の糸口をつかむしかなく、忠誠心は非常に高かったと言われる。信長はそんな面々を集めて内政・戦闘の英才教育を行い、完全な実力主義で叩き上げて自分の戦力の中核としていく。前田利家・丹羽長秀・佐々成政など、後に重臣となる者たちは皆こうした次男・三男だった。
藤吉郎と同様、彼らとは出自の違う小一郎だが、すでに述べた通り信長からこの小姓のメンバーとして抜擢されていたかも知れない。(つづく)
(西川修一)
TIMES
連載•小説





