兵站・城攻めで秀吉の中国「西進」に貢献した小一郎
連載•小説
2026/01/15
毛利氏攻略のため西を目指した秀吉はその途上、播磨国(現兵庫県南西部)で黒田官兵衛が明け渡した姫路城を根城に、別所長治の三木城を兵糧攻めで落とし、そのさなかに背後で裏切った荒木村重も信長とともに倒した。
さらに美作・備前両国(現岡山県)を持つ宇喜多秀家を毛利方から寝返らせ、鳥取城もまた兵糧攻めで降伏に追い込み…と、軍師役の竹中半兵衛、黒田官兵衛による戦と調略の硬軟両建ての戦術によって、徐々に毛利方の拠点・安芸国(広島県)に迫っていった
小一郎は一連の攻略戦で兵站(食料・弾薬など物資の調達・運搬)を引き受け、さらに自ら3000の軍を率いて但馬国(兵庫県北部・西部)を攻め落とし、竹村城を自らの拠点とした。因幡国(現鳥取県)の鳥取城を飢えに追い込んだ包囲作戦でも、事前に近隣で食糧を買い占めたのは小一郎の発案とされている。
秀吉軍が備前高松城を水攻めにしているさ中、本能寺の変が勃発する。秀吉はすぐさま和議を持ち掛け、信長の死を気取られぬうちに城主・清水宗治を切腹させ、すぐさま大軍を取って返す有名な「中国大返し」をやってのける。そこでも小一郎は殿の大役を任された。(つづく)(西川修一)
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