連載•小説 意知暗殺直後は「世直し大明神」と称えられた佐野政言
意知暗殺直後は「世直し大明神」と称えられた佐野政言
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2025/06/30

 いったん斬り損ねて柱に食い込んだ刃を抜いた佐野政言は、さらに意知を追いかけ、桔梗の間
の廊下に逃げ込んだ意知に再び斬り付け、意知は鞘から抜かぬまま脇差で受けて防いだ。しか
し、今度は政言の刃は意知の太腿に突き刺さった。
政言は、間もなく駆けつけた大目付・松平対馬守に後ろから羽交い絞めにされた。「本懐は遂
げました」と手向かいしないことを告げたため、集まった役人たちに取り押さえられた。刀を
取り上げられた政言は、襲撃の理由を意知への遺恨であることを告げて懐から「言上書」と表
書きされた書付を渡したという。
応急手当を受けた意知は、平河門から駕籠で運び出され、神田橋の意次の屋敷に担ぎ込まれた
が、出血が多く手の施しようがなかった。2日後に息を引き取ったという。
政言は暗殺直後に切腹を命じられ、小伝馬町牢屋敷の中でも身分の高い者が入る揚屋敷に入れ
られた後、10日後の4月3日、そこで切腹した。享年28。
政言は世直しを実行した「佐野大明神」と称えられ、遺体が葬られた浅草東本願寺中神田山徳
本寺には、「弔うための群衆が押し寄せた」という記録が残っている。
政言はなぜ、意知を暗殺したのか。これもまた不可解な点がいくつかある。(つづく)

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