2026/01/17
2025年5月24日、琉球王家の末裔で、第二尚氏第23代当主の尚衛(しょう・まもる)氏は、那覇市内で開かれた「戦後80年・沖縄県祖国復帰53周年記念祭典」で、「沖縄は中国領」との問題に触れ、この問題の根底にある「日清両属」との表現について、「誤解を招く」とした上で、「琉球は清国に属さず、朝貢は琉球として対等な外交だった」と述べ、歴史的に琉球は清国に属さなかったとの考えを示した。
これは最近中国が「高市発言」をきっかけに「沖縄は中国領」と言い出す以前の講演内容だ。
また08年10月、国連・自由権規約委員会が日本政府に対し、「沖縄の人々を先住民族として認めよ」と勧告したことについては、こう反論した。
「沖縄の人々のDNAを紐解くと、先住民族ではない。日本人だ」と述べた上で、「国連の誤った勧告や『沖縄は中国のもの』との主張は歴史を無視したもので、毅然と反論すべきだ」と語った。
琉球王国を治めた尚家は1879年、明治政府の沖縄県設置に伴い、首里城を明け渡した。尚家は東京移住が命じられ王国は消滅したという歴史的な経緯がある。
一方、日本包囲網を構築のため12月8日にドイツを訪問した中国の王毅外相は、台湾有事を巡る高市早苗首相の国会答弁を念頭に、「ドイツと異なり、日本は戦後80年を経てもまだ侵略の歴史を徹底して反省していない」と日本を批判して同意を求めたが、ドイツはこの問題に触れなかった。
ドイツは、第2次世界大戦で侵略したポーランドから「戦争賠償金」として180兆円を請求されているが、政府は応じていない。ドイツに「日本反省していない」問題で同意を得るのはアホの所業というものであろう。
さてそのドイツのメルケル首相(当時)は14年、中国の習近平国家主席とベルリンで会談を持った。その当時の話である。
イエズス会宣教師の技術的助言の下、清朝の役人が10年間かけた大掛かりな測量で製作した中国の地図がある。これは1718年に清朝の康熙帝に献上された。これを基にドイツで1750年に印刷された版をメルケル氏のスタッフが習氏への贈り物に用意した。
この地図には明王朝の領土しか描かれておらず、清朝が拡大した満州やモンゴル、チベット、新疆さえ含まれていなかった。台湾も別の国で、沖縄は「何をか言わんや」だ。
この地図を贈呈したのは善意なのか、はたまた領土拡大に武力をもって対峙する中国に対しての親中派メルケルの精いっぱいの諫言なのか、習氏は真意が測れなかった。
ともかく、この地図は別のモンゴル、チベット、新疆を中国領にした地図に差し替えられて中国国内では報道されたという。習氏のウソの上塗りのご苦労はまだまだ続く…。(梛野順三)
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