2024/11/03
糖尿病に起因する感染症により2024年5月に利き腕である右腕の切断手術を受けた元プロ野球選手の佐野慈紀氏(56)。
現役時代は近鉄や中日で中継ぎ投手として活躍し、「1億円プレイヤー」にもなった。
中継ぎ投手としての実力はもちろんのこと、佐野氏の人気を支えたのは、「ピッカリ投法」。通常の投法とは違うワインドアップ投法のモーション中に帽子を落として禿頭を見せるパフォーマンスが有名だ。
退院後はリハビリと加療に努めているという現在の様子を佐野氏に聞いてみた。
ーー手術後のことについて教えてください。
佐野 一般病棟に戻ったんですよ。そこで初めて(右腕を)切断した自分の姿を鏡で見た時に「やっぱり無くなったんやな」と感じました。正直、自分に起こっていることの意味が分からなかったんです。
ーーそれはそうですよね。
佐野 「戻すことができるなら戻したいな」っていう気持ちは当然ありました。鏡を見ているうちに「これを受け入れなくちゃな」って一瞬思ったんです。でも、「“受け入れる”って何やねん?」とも思ったんですね。「受け入れられるわけ無いやろ」って。でも、そこで変に「受け入れる」だなんて考えてしまうと、どんどんとネガティブになってしまうかもしれないというのが凄く嫌でした。
ーーネガティブに考えるのをやめようと思ったわけですね。
佐野 「受け入れる」ことはできないけれど、強がってはいけるなって思ったんですね。だったら、「“強がり”って思われてもいいからポジティブにいよう」、同時に「絶対にネガティブにはならんでおこう」って考えたんです。鏡の前から離れてベッドに戻るときに左手でシャドーピッチングをしてみたんですね。そうしたら「割とイケるな」って。(自分を)根っからの野球人だと思ってるんで、「これ、練習して投げられるようになったら野球教室とかで教えるのもできるよな」って。だったら、これは公言していこうっていう感じに気持ちが切り替わりました。36
==次回に続く==
佐野慈紀(さの・しげき)
1968年・愛媛県松山市生まれ。第68回全国高校野球選手権大会にて準優勝。近畿大学工学部に進学して同大のエースとしてリーグ10連勝に貢献。1990年、ドラフト3位に指名され翌年に近鉄へ入団。中継ぎ投手としてはNPB(日本プロ野球連盟)で初の「1億円プレイヤー」となる。2003年に現役を引退。
≪Tiger編集部≫
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