将軍不在・内紛・抗争……信長上洛前のカオスな京都
連載•小説
2026/03/19
信長が上洛する直前の複雑な京都の状況に少し触れておこう。
永禄8(1565)年、三好義継らが御所に踏み込んで将軍・足利義輝を殺害する永禄の変が起き、将軍の権威は地に落ちた。三人衆が擁立した足利義栄が永禄11(1568)年2月、朝廷から征夷大将軍に任じられ、室町幕府第14代将軍となった。
しかし義栄は病床にあって上洛すら叶わず、将軍が京都に不在という異常事態に。一方で越前の朝倉氏に身を寄せていたのが義輝の弟で正当な後継者・義昭だった。
永禄の変後、三好三人衆(三好長逸・三好宗渭・岩成友通)と三好義継、松永久秀の間で権力争いが勃発し、畿内は混乱状態。三人衆は摂津から山城にかけて実効支配していたものの、松永久秀とは激しく対立。三好政権は内紛に明け暮れていた。
一方、信長は義昭を保護し、「将軍を京に連れ戻す」という上洛の大義名分を得る。単なる侵略ではなく、幕府再興という正当性を持って軍を動かせたのだ。
三好政権は信長の侵攻を食い止めるため、管領職を与えることで近江の六角義治の父・義賢(よしかた、後に承禎=じょうてい)を味方につけて防衛しようとする。(つづく)
(西川修一)
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