連載•小説 農家の秀長が、兄・秀吉に誘われて信長の配下へ
農家の秀長が、兄・秀吉に誘われて信長の配下へ
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2026/01/05

 豊臣秀吉の生涯についてはすでに多くが語られている。が、秀長については知られていないことが多い。まず、秀長の一生をざっと流してみてみよう。

 

豊臣秀長、幼名・小竹は天文9(1540)年生まれ。兄・秀吉――幼名・藤吉郎の3歳年下である。ともに尾張国中村に住む父・竹阿弥、母・なかの間に生まれた(異父説あり)。継父の木下弥右衛門と折り合いが悪かった藤吉郎は出奔し、放浪の末に同じ尾張国の織田信長の小者(雑務奉公人)となるが、一方の小竹は中村でなかと共に農業を営んでいた。

 

藤吉郎が小竹を‶勧誘″しに中村へ戻ってきたのがいつかは明確ではないが、藤吉郎が足軽組頭になった1561年頃と言われている。藤吉郎が24歳、小竹が21歳。足軽組頭といえば現場の小隊長クラスであり、農村出身としてはかなりの出世であろう。

 

何年も不在だった実兄の不意の帰宅とその誘いに、小竹が乗り気だったかどうかは不明だが、まずは秀吉に従って兄とともに信長の配下に入り、名も武士らしく「小一郎」に変えた。もっとも、在籍を証明する最初の記録は、『信長公記』の「木下小一郎」という記述。これはもう少し先の天正2(1574)年となる。

 

ここから二人三脚のサクセスストーリーが始まるのである。(つづく)

(西川修一)

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