兄より出世が早かった?「小一郎=信長の近習」説
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2026/02/02
大河ドラマ『豊臣兄弟!』で、興味深い描写がなされていた。西進する今川義元を迎え撃つ信長に、図らずも今川打倒のヒントを与えていた小一郎。2万5000対3000の兵力差を覆す劇的な勝利を呼んだことで、信長から近習(きんじゅ)に取り立てるとの下知が出された。
近習とは、主君のそばに付き添い、身の回りの世話や護衛を行う役回りである。信長はこれを100人ほど抱えていたという。劇中で小一郎はこの下知を断るのだが、実は近年、小一郎は実際に近習として信長に仕えていたのでは?という新説が唱えられている。
確かに小一郎は、秀長を名乗る前は「長秀」を名乗っている。その「長」の字が信長から許されたものであれば、信長からの信頼は現在の我々が想像する以上であり、兄・藤吉郎よりも早く出世していたことになる。渋々秀吉に連れてこられ、その黒子役に徹したという秀長像は、大きく塗り替えられるのだろうか。
もっとも一方の信長についても、一般や専門家からの評価は、今からでは想像もつかぬような変遷をたどっている。江戸期から幕末までの信長は、現在のように坂本龍馬と大衆人気を二分するような存在感ではなかったのだ。(つづく)
(西川修一)
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