2025/11/11
今、再審法(刑事訴訟法の再審規定)の改正をめぐって動きが激しくなっている。袴田事件や福井女子中学生殺人事件をはじめ相次ぐ冤罪事件に端を発した動きである。国会では「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」という議連が立ち上がり超党派の議員が370名以上も名を連ねることとなった。日本弁護士連合会からも強い声明が出される。この動きは当面高揚したまま続くであろう。今のこのムーブメントの隆起はいわば必然と捉えるべきだろう。
そしてこの時期に映画監督の泊誠也は『冤罪のつくりかた』のメガホンを執る。極めてタイムリー、そして有意義なことである。
ひるがえって〝冤罪をつくる側〟にとってはたまったものじゃないということになろう。それはそうだ。冤罪に対する意識が散漫な時であれば、これまでのように、『私たちが決めたことに間違いはない。誰に向かってモノを言っているのか、あン?』式で再審や冤罪を主張する声を壟断することができた、というよりしてきた。ところが、冤罪作成のからくりが知られてしまってはこれまでのようにいかなくなることは目に見えている。泊の心意気はこのタブーを冤罪のつくり手の手の内を映画でぶちまけようとしているのだ。映画を観ることでわれわれは〝冤罪〟の恐ろしさだけでなく、〝冤罪〟を生み出すメカニズムを知る、いつ落ちるかわからない〝冤罪〟という陥穽への防御と対抗の術を学ぶ。〝冤罪〟をつくる側にとってはまずこんな映画はつくってもらうのは好ましくないだろう。一口で言えば、『いらんものつくりやがって。寝た子を起こすんじゃないよ』といったところだろう。むろん、心で思っても口には出さないだろうし、「そんなものつくるな」といって妨害などしてくることなど100%ないであろう(したいかもしれないが)。こういうことをきちんと想定したうえで映画を創る泊に拍手を送りたい。しかし、映画を創るのも暗礁は何度も訪れる。
「(映画の)モチーフとしている秋元(司)事件(※本サイト既報記事参照)で、今年1月当の秋元氏が収監されました。その時です。それまで映画製作には資金を出してあげるよ、〝映画製作、応援するからね、がんばれ〟と言っていた人たちがクルっと後ろを向いてしまいましてねえ、ええ、資金提供のことなんか知らないよ、といった態度に出たのです。その日から連絡が取れなくなった人もいました。まあ、それはこちらが呆れるほどに豹変しました。手の平を返すとはつまりこういうことね、と実感したわけです。資金面でいえばこちらは当然あてにしていましたから、さてどうしようということになった。まさしく進むも地獄、退くも地獄です」(泊)。
しかし、泊は映画を創ることを止めなかった。〝止めたらそれでしまいや、続けりゃ必ず道は開ける〟スピリットで自ら資金集めに奔走した。監督しながらのスポンサード開拓はヘヴィーだったはずだ。それでも泊はインタビューで舌打ちもせず、また眉間にしわを寄せることなくまるで他人事のようにそんな話もする。いいねえ(笑)。
「僕には自信がありました。資金は必ず集まるはずだ。この映画はつくらなければならない、資金ができないなんてことで途中でやめるなんてことにはなるわけない、と確信しているからです」(泊)。
泊監督、悔いのない見ごたえのある映画を創ってくれ、そう願ってやまない。そう言いつつも早く観たいし、撮影の方も急いでほしいな。これは筆者の勝手きわまる独り言である。だけど皆さんも早く観たいでしょ?いいですか皆さん、公開されたら万難を排して見に行くべし。もちろん公開情報は常にチェックしておくのもお忘れなく。本サイトでは製作プロセスなどを随時掲載していこうと考えているのでよろしく。(敬称略)
廣田玉紀(フリーランスジャーナリスト)
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