能の世界からの追放も覚悟した?写楽=斎藤十郎兵衛
連載•小説
2025/12/08
能・狂言と歌舞伎は今でこそ日本の伝統芸能の双璧だが、江戸期は社会の中での扱いはまった
く違っていたのだ。室町時代に発祥した能・狂言は大名や武家に保護され、将軍家の公式儀礼
でも上演される「式楽」であったため、役者も武士に準じる「士分扱い」を受ける特別な集団
だった。
これに対し、江戸期に出現した歌舞伎は町人向けの娯楽であり、遊郭や被差別民との関係も濃
い「四民の外」とされる存在とみなされ、社会的には大きく格下に置かれていたのだ。能楽家が
自家の芸を「家芸」として厳格に守る中で、「歌舞伎など町芸能に教えるべからず・交わるべ
からず」といった趣旨の掟や慣行が存在し、これに違反して歌舞伎関係者に能を教えた者は能
界への復帰を許されなかったという事例も伝わっている。
だからもし、能役者である斉藤十兵衛が歌舞伎役者の役者絵を描いたことが露見すれば、十郎
兵衛は能の世界には二度と戻れなくなってしまう。蔦重が協力を求めたのは、よほど内密のう
えで接触し(吉原での接待攻勢もあったのかも知れない)、作業を進めたのだろう。
大河ドラマ『べらぼう』では斎藤十郎兵衛説は取らず、幕府内の暗闘に絡んだ情報戦として‶写
楽プロジェクト″を位置付けた。主人公・蔦重のいる市井とドロドロの政治劇との接点が見つけに
くいドラマ設定だけに、そこを何とか繋げる奇策だったと思う。(つづく)
(西川修一)
TIMES
連載•小説





