連載•小説 「能役者・斉藤十郎兵衛」説だけでは語れない写楽の正体
「能役者・斉藤十郎兵衛」説だけでは語れない写楽の正体
連載•小説

2025/11/27

東洲斎写楽とは何者だったのか――これはかねてより論争の的だった。何の前触れもなく表舞台に登場し、一瞬で消え去った写楽は、別の著名な絵師の仮の姿だったのでは?という推測は不自然ではない。喜多川歌麿、葛飾北斎、鳥居清政といったビッグネームや、蔦重本人の名までが取り沙汰されてきた。

 

もっとも、写楽の正体は江戸・八丁堀に住んでいた阿波徳島藩お抱えの能役者・斉藤十郎兵衛説でほぼ確定されている。フランキー堺が企画し自ら蔦重を演じた映画『写楽』(1995年、篠田正浩監督)では、すでにその十郎兵衛を真田広之演じていた。ただし、能役者ではなく足を負傷し再起不能となった歌舞伎役者という設定だったが。

 

ただ、写楽の卓越性を1人の能役者に負わせるのにはやや無理があると思われる。モナ・リザの作者ならレオナルド・ダ・ビンチと言えば一件落着だが、浮世絵は量産品であり、絵師だけいれば出来上がるものではない。絵師の下絵を忠実かつ細密に彫り上げる彫師、上がった木版を元に色を何度も重ねて摺る摺師も必要だ。

 

しかも、写楽の突出した特徴はその絵柄だけではない。10カ月という短期間で140点以上というその発行点数である。なぜか。(つづく)

 

(西川修一)

TIMES

連載•小説