歌麿『当時三美人』の水茶屋アイドル、だんだんと高慢に
連載•小説
2025/10/17
1793(寛政5)年にリリースされ大ヒットした歌麿『当時三美人』の素人娘ブームが引き起こしたことは、今と同じだった。難波屋にはおきた目当ての客が殺到し、周囲は大混雑に。店の前に水をまいてもお構いなし。店内に入れず、店の脇の用水桶の縁に上がって中を覗き込もうとする輩もいた。
おひさのもとに「1500両で身請けしたい」という某豪商からのオファーが届き、両親がお断りする一幕もあったという。
『当時三美人』は3人を1カットで収めたものだが、その後豊雛、おきた、おひさの個々のポートレートを1人ずつバラ売りしたり、普段携帯できるような小サイズのバージョンを出したり。3人に相応のギャランティを支払ったかどうかは不明だが、蔦重と耕書堂はさながら昭和・平成のアイドルのような商品展開を見せている。
もっとも、その後難波屋のおきたは人気の過熱とともにだんだんと高慢になっていったようで、自分目当てに殺到する客にも自分ではお茶を出さなくなり、代わりに手伝いの女性にその役目を押し付けるようになった。おきたにソデにされたと思しき近所の若い男性が、店内に糞尿をぶちまけて暴れるという騒動も起きたが、それがまたおきたの人気を過熱させたという。(つづく)
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