寛政の改革に逆らわずに「乗った」蔦重の出版物もあった
連載•小説
2025/08/28
松平定信は老中就任後、孝行息子や節操・貞操を固く守る女性を顕彰し、かつそうした孝行・
節義・忠節の持ち主を全国調査し、その事例を集めた『孝義録』という記録集の編さんを始め
ている。最終的に全50巻に及んだ同書は、10年後の1801(享和元)年に刊行された。
そんな世相の中、蔦重という大物版元と山東京伝という人気作家に課された重いペナルティ。
あからさまな見せしめに、地本の版元に自粛ムードが漂ったことは想像に難くない。
しかし、幕府が主導した風紀の粛清と文武両道の奨励は、実はまったく別の出版物のニーズを喚
起したのだ。もちろん商売人・蔦重はすかさずそこに食い込んだ。
蔦重が手掛けた書物で、幕府の尚武の奨励にフィットしたのは武者絵本だった。日本や中国の
古今の英雄・武将の一代記や、合戦での奮戦ぶりを絵入りで語ったもので、これは年齢・性別
を問わず、江戸初期から幕末までニーズの途切れなかった息の長い出版物である。ヒーローもの
はやはり時代を問わない。
蔦重は処罰を受ける前、すでに1786(天明6)年、武者絵本に狂歌を組み合わせた『絵本八十宇
治川』、翌1787(天明7)年には美麗な彩色摺りの『絵本武者絵』をリリースしていた。絵を描
いたのは長年のブレーン・北尾重政だった。(つづく)
TIMES
連載•小説





