連載•小説 山東京伝は手鎖50日の刑、蔦重は財産を半分没収される
山東京伝は手鎖50日の刑、蔦重は財産を半分没収される
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2025/08/21

1791(寛政3)年正月、蔦重は山東京伝の黄表紙4点と洒落本3点をリリース。しかしその2カ月
前の10月、出版の準備が佳境にあったタイミングで、幕府から地本問屋に「風俗之為に不相成猥
ケ間敷」書物、つまり「風俗・風紀に反するみだらな行為や内容の書物」は禁じることを徹底
せよ、という町触れが出されたのだ。
そんな状況下で、よりによって吉原を題材にした洒落本を3点を出すのは、誰の目にも危険に思
えた。が、すでに版板も出来上がり、今さら引き返せない状況にあった蔦重は、いったん仲間
内の行司に見せて販売OKの言質を取り、予定通り正月に間に合わせたのである。
もっとも、地本問屋仲間の行司とは、実は仲間内の仕切り役とは到底言えないのが実情だった
。行司には版元の下請けに当たる者を選び、蔦重ら版元側にノーと言わせない人選を行ってい
たのだ(このあたり、大河『べらぼう』がどう描写するのか気になる)。
さすがにこのやり方は通用しなかったようだ。リリース後、程なくして奉行所から呼び出され
た蔦重と京伝は取り調べを受けた揚げ句、この町触れに違反したかどで京伝は手鎖50日、蔦重
は何と財産を半分没収されるという非常に厳しいペナルティを課されたのだ。同年3月のことで
ある。(つづく)

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