馬琴、一九、北斎……蔦重が遺した江戸文化の逸材たち
連載•小説
2025/12/18
蔦重の死後、彼の元から飛躍した逸材といえば、まず曲亭馬琴だろう。滝沢馬琴と言ったほうが思い当たる人も多いだろう。24歳で山東京伝に弟子入りし、間もなく耕書堂の番頭となったのは大河ドラマ『べらぼう』劇中の通り。28年かけて全98巻106冊で完結した大長編『南総里見八犬伝』の作者である。
耕書堂の番頭を務めたもう一人が十返舎一九だ。武士の出で、江戸で一度仕官したが、大坂に移ってその地位を捨て、再び江戸に出て蔦重の下へ。蔦重の死後から5年経った1802(享和2)年にリリースした『東海道中膝栗毛』が大ヒット、後に江戸期の化政文化の代表とされた。自らの挿絵も書いた黄表紙を出している。
身上半減となった頃の蔦重と出会った絵師、勝川春朗は任された役者絵に蔦重からダメ出しを食う憂き目に遭ったが、蔦重の死後8年経った頃には「葛飾北斎」を名乗っていた。生涯3万点を超える作品を残し、不世出の絵師として今も世界中から評価されている。
では、喜多川歌麿は? 松平定信が罷免された後も幕府の出版規制の基本方針は変わらず、というより1800(寛政12)年に美人大首絵そのものが禁止されるなど、むしろ強化されている。歌麿はその真骨頂を封じられたわけだ。(つづく)
(西川修一)
TIMES
連載•小説






