2024/12/30
大宰権帥・藤原隆家とともに京から派遣され、刀伊を撃退した「無止(やんごとなき)武者」の面々。『光る君へ』の劇中では一見、源平争乱を連想させる鎧兜を身につけて奮戦していたが、オンエア中のSNS上では、詳しい人から「鎧の下に、中世風の直垂(ひたたれ)ではなく水干(すいかん、普段着)を着用している」「袴が長い、脛当てがない」との指摘があった。
さらに警固所に詰めている兵士たちが、律令時代を連想させる埴輪のような鎧を着用していることも話題に上った。後の鎌倉期とは異なるこの時代のリアリティを追求するNHK大河製作陣の本気度が伺える。
「無止武者」の面々について詳しく見てみよう。隆家の子とも言われる太宰少弐・藤原蔵規(まさのり)のほか、平為賢(ためかた)という名が見える。為賢は平将門の乱(935(承平5)~941(天慶4)年)で将門を倒した功労者、平貞盛の血筋(弟・繁盛の孫)である。
もう一人、前少監・大蔵種材(たねき)は、将門の乱と時を同じくして瀬戸内でぼっ発した藤原純友の乱を鎮圧した大蔵春実(はるざね)の孫。さらに一人、平致行(むねみつ)も将門の乱を鎮めた一人、平公雅(きみまさ)の一族と言われている。
このように、将門と純友という朝廷を震撼させた2つの乱で戦功を立てた面々の子孫がそのまま朝廷の‶用心棒″となっていたことがわかる。
実は、そんな彼らの拠点はもともと京ではなかった。例えば平為賢の先祖・高望の拠点が上総国(現・茨城県)であるように、当時混乱の極みにあった地方から集められた存在だった。(つづく)
✴︎主な参考文献
桃崎有一郎『武士の起源を解きあかす』ちくま新書
〃 『平安王朝と源平武士』 〃
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