浜田聡氏の鋭いツッコミに座布団1枚
2026/01/28
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大阪万博誘致に血道を上げた 7年前、当時の松井(一郎)大阪知事が言い出して大阪万博の誘致が始まった。その時のことを思い出しますよ。二階(俊博)さんが〝(大阪万博誘致の)議連を作ったらいいじゃないか〟と提唱、河村(建夫)幹事長(当時)が旗振り役になった。その議連にはなんと共産党の議員も入ったんだからね。すごいでしょう?文字通り超党派による議連だったんだ。 ところがね、誰とは言わんが大阪出身の国会議員が反対しおってね、大阪出身ですよ。こういうこともあるんですよ、威圧だって反対する人は出てくるもんだ。それは今だって同じなんですな。もちろん、そういう声を頭から無視しようなどとは思ってもいないし、耳を貸さないなどとも思いません。ただね、開催するからにはそれは絶対に成功させなければならないのです。私は経済対策の専門家として、この大阪万博は必ず成功すると信じています。ありとあらゆる観点から見ても成功します。開催して失敗するという要素はありません。それはつまり成功するということです。 万博開催にこぎ着けるために私は血道を上げて駆けずり回りました。 なにしろ、BIE(国際博覧会協会 本部パリ)に誘致の運動のために行くのだって自腹でいったんですからね、自腹ですよ。 いいですか、オリンピックは主催者は東京都ですよ、東京都。ところがね、万博は開催場所の行政体じゃない。国ですよ、国。ここんとこ判っていない人も多いかもしれません。国挙げて行うエキシビジョンの誘致運動の旅費を私はね、自腹だったんです。え、何故かって?先ほど言ったように万博誘致に猛烈に反対する大阪出身の国会議員がいたんでね、まあ、そういう人の批判をかわすためにも国費を使わず自腹にしたんですよ。あれじゃああんまりだと言うんで河村さんが半分だけ負担してくれましたがね。それでも私はパリまで行って誘致を働きかけた。最有力候補だったフランスが誘致合戦から降りたのも私がずいぶん根回しをしたものでした。最後は、アゼルバイジャンを落とし、ロシアとの決戦となった。一騎打ちですよ。2016年のことだ。その時訪ロした安倍(晋三)さんは、帰国するなり、私を呼んでこう言うのです。 安倍元総理が言った、『プーチンは本気ですよ!』 『竹本先生、プーチンは(万博誘致に)本気ですよ』とね。 私は燃えましたですよ、プーチンが本気ならば、私だって本気も本気、真っ向から勝負だ!、と我が身を鼓舞させました。ロシアは最後のプレゼン(テーション)でボリショイバレエの団長のような美声の持ち主を起用したりしてそれはそれは気合いが入っていたようです。日本は私がプレゼンしましたよ。結果はなんと30票もの差を付けてこの一騎打ちに勝ったのです。 私は今でも請われれば、大阪万博の担当大臣に就くつもりもあるんです。大臣は現役の政治家でなくとも就けるんですからね。 それはさておき、大阪万博は間違いなく成功します。万博というのはいわば、産業の披露宴ですからね。 万博を開催することによって日本再生を図る。これこそ万博開催の祭壇の大義なんですよ。そのために私は政治家として最後のご奉公をさせてもらったんです。 あと一年半││。万博開催まで死ねません。毎日のウオーキングはやめません。
2024.11.07
糖尿病に起因する感染症により2024年5月に利き腕である右腕の切断手術を受けた元プロ野球選手の佐野慈紀氏(56)。 現役時代は近鉄や中日で活躍し、中継ぎ投手としてはNPBで初の「1億円プレイヤー」にもなった。 佐野氏の人気を支えたのは中継ぎ投手としての実力だけではない。投球モーション中に意図して帽子を落とし、禿頭を見せて笑いを誘う「ピッカリ投法」も人気の理由だ。 「根っからの野球人」を自称し、引退後も野球に携わり続け、近年では全国の野球少年・少女らを後援する活動も行っている。 ーー野球をする少年・少女らを後援する活動をしていますね。 佐野 僕らが子どもの頃に比べると、今の子どもたちは野球以外の、例えばサッカーとかスポーツの選択肢が増えましたよね。それでも、多くの選択肢の中から「野球」を選んでくれている子どもたちがいるっていうのが非常に嬉しいんです。僕は自分のことを「根っからの野球人」だと思っているんで、野球をやる子どもたちを応援したいっていう気持ちがあったんです。 ーーMLBでの日本人選手たちの活躍もあって、野球に興味を示す子どもたちも増えている気がします。 佐野 そうですね。MLBで活躍する選手が大勢いて、野球人としては彼らの活躍には感動しましたし、すごく勇気付けられました。入り口は何だとしても、野球に興味を持って、野球に関わる子どもたちが増えると良いなぁとは思ってますね。 ーー佐野さんが関わる学童野球の大会があるそうですが? 佐野 今年が18回目になる「ポップアスリートカップ(※)」が神宮球場で12月にあるんです。実は、その始球式を仰せつかったんです。 ーーついに「ピッカリ投法」が復活の日を迎えるわけですね。 佐野 せっかく始球式に出させてもらえるんなら、左の「ピッカリ投法」を披露したいと思ってるんです。そこで、どうせ投げるんだったら、マウンドから投げたいですし、ストライクも投げたい。かなり高いハードルにはなるんですけど、今はそれを目標に掲げて頑張ろうと思ってます。 ーーーーー ※ポップアスリートカップ NPO法人全国学童野球振興協会が主催する学童野球の日本一を決める大会。2024年12月に「第5回くら寿司・トーナメント2024/第18回学童軟式野球全国大会ポップアスリートカップ/星野仙一旗争奪」が明治神宮球場で開催予定。 ーーーーー ==了== 佐野慈紀(さの・しげき) 1968年生まれ。愛媛県松山市出身。第68回全国高校野球選手権大会にて準優勝。近畿大学に進学して同大のエースとしてリーグ10連勝に貢献。1990年、ドラフト3位に指名され翌年に近鉄へ入団。中継ぎ投手としてはNPB(日本プロ野球連盟)で初の「1億円プレイヤー」となる。2003年に現役を引退。 ≪Tiger編集部≫
2024.11.06
〝潰し〟ありきで乗り込んできた地元銀行 事業再生を大義名分にして入り込んできた銀行がやったことといえば、過酷な債権回収はじめ、再生どころか〝潰し〟だった。かりそめにも銀行がそんな蛮行に出たのである。これはニュースにならざるを得ない。しかも、県の指定金融機関なのである。その銀行が、このようなことを堂々と展開するとは当事者のみならず知る者は誰もが目を瞠るのだ。まさしく前代未聞の異常事態というしかない。 その銀行とは、沖縄銀行である。 なにが起きているのか。時系列で丁寧に綴っていこう。 10年ほど前にさかのぼる。 平成20年前後、泡盛の老舗メーカである久米仙酒造株式会社は、沖縄のある名士にこんな依頼をする。 「久米仙酒造は経営面で困窮している。この伝統的会社の火を消したくない。出資の調達ができませんか」││。 名士は、「我が故郷の振興、再建になるなら」、と、二つ返事でこの申し出に応じ、久米仙酒造の全株を引き受けた。 その上、久米仙正造の窮状を凌ぐために沖縄銀行を紹介、同社のメーンバンクに据えた。この名士は、従前、沖縄銀行の頭取案件を見事解決した経緯があるのだ。同行に対して絶大なる信頼がこの名士にはあったのである。そんな名士からの依頼を沖縄銀行は断れるはずもない。ましてや、沖縄の地場産業の革新にある会社の窮状救援、そして再建なのである。 「会長(名士のこと)が全株お持ちの老舗、私たちが100%応援させて戴きましょう!」。胸の一つも叩きかねな勢いで久米仙酒造に乗り込んできた。当然、当初の目的だった融資も実行される。いうまでもないことだが、銀行はそれが主業なのである。 ここまでは、確かに順調だった。 『破産しろ!』、突然声を荒げはじめた ところが、である。 平成二二年以降、久米仙酒造に対する沖縄銀行の態度は一変する。 同社の担当となった(その時すでに短刀は何代目かになっていた)G、S、Kという3人の法人部担当者らは、口を揃えて、自分の担当顧客に向かって、 『破産しろ!』、『オーナーの株をみんな売ってしまえ!』、『こうなったらもう潰れるぞ!』などと、銀行の担当者として信じられないようなことを口にし始めたのだ。挙げ句、あれほど敬意を表していた、先の名士に対しても、 「(久米仙酒造の)社主として、株主責任がある!」、 などと、それまでの敬意などどこかに置き忘れてしまったかのような信じがたい暴言を吐く始末。同じ組織から出たものとは思えないような発言、言動のオンパレードとなるのだ。わけだが、 久米仙酒造側は、この沖縄銀行のコペルニクス的変貌になすすべもなくむしろ呆れて傍観するしかなかったという。それはそうだろう。 沖縄銀行は、なぜこのような豹変となったのか。 「考えられることはひとつしかありません。さいけんの回収とともに当社に盛んにM&Aを勧誘してきていたのです。しかし、当社は、老舗という自負も抱いていますし、そうそう安直に同業他社に身を売るようなまねはできない。だから、この話はきっぱりと断ってきたのです。ええ、沖縄銀行からは、M&Aの勧誘は一切ではありませんでした。この断りが、どうも彼ら(沖縄銀行)の琴線に触れてしまったのではないか、と思うのです」(久米仙酒造関係者)。 久米仙酒造にだって老舗だけに大いなる矜持という、ものがある。M&Aなどというと聞こえはいいが、要は、債権債務の関係性を強調して、同社を思いのままに銀行の傘下に入れてしまおうと企んでいたとしかいいようがない。債権者特有の上から目線というやつだ。 銀行からの〝いじめ〟がエスカレート ところがその企みは久米仙酒造の矜持が受け付けなかった。それはそうであろう。自分たちには、沖縄特有の泡盛造りという最高の地場産業に担い手であるという思いがある。いかに債務があろうと、金融機関の拝金主義の企みになど乗るものか。 こんな見上げた意地があるのだ。これは、まさに、東映フライヤーズ(巨人軍ではない)の張本勲ばりの天晴れ、というほかはない。金じゃないんだ!、M&Aがなんだ、冗談じゃない。久米仙酒造は、沖縄銀行からの黒い誘惑をきっぱりはねつける。 「これが、沖縄銀行のプライドを傷つけたに違いありません」(同)。 それからは、沖縄銀行からの〝いじめ〟はそれこそ底なし沼のように続いていく。 「債務は、きちんと返済していっているのです。にもかかわらず、ひどい仕打ちが続くのです」(同)。 沖縄銀行は、まず最初の暴挙を打ってくる。 それまでは、美ら島サービサーが窓口となって沖縄県信用保証協会ならびに沖縄振興開発金融公庫との連携により銀行メインでの返済を続けていたわけだが(つまり、債務者としてのオブリゲーションは間違いなく果たしていたということである)、それを突然、返済の中止を宣言し、それまでの枠組みを解体してしまったのだ。 これを暴挙といわずしてなんというべきであろうか。 久米仙酒造としては、戸惑いしか残らない。 追い打ちをかけるように、沖縄銀行は、追い打ちをかけてくる。なんと、前年に設備投資で建設した工場設備を競売にかけてきたのである。 「久米仙酒造という法人に対する死刑宣告としかいいようがない無茶な行為です。沖縄銀行は、私たちが何を言っても聞き入れる余地はありません」(同)。 久米仙酒造側は、あらゆる考えられる手を尽くして、美ら海サービサー~沖縄銀行にアプローチするものの、一切それが取り上げられるような場面にはならない。(後編に続く)
2024.11.06
2024.11.06
2024.11.06
糖尿病に起因する感染症により2024年5月に利き腕である右腕の切断手術を受けた元プロ野球選手の佐野慈紀氏(56)。 現役時代は近鉄や中日で活躍し、中継ぎ投手としてはNPBで初の「1億円プレイヤー」にもなった。 「究極の強がり」と公言し、退院後の現在、左腕だけでは「できないこと」を嘆くことなく、左腕だけで「できること」を見つけるのが楽しみでさえあるという。 ーーブログやX(旧Twitter)を拝見すると、ポジティブな内容の投稿が多い気がします。 佐野 こうやって、障がいを持つことにはなったんですけど、引っ込み思案になったり、ネガティブな言動も、ネガティブな姿も、他人(ひと)に見せる必要はないと思ったんですね。僕は、子どもの頃から究極の“強がり”で、ここまで来たら最後まで強がってやろうと。だから、ネガティブに考えるのも、ネガティブな発信をするのも、絶対にやらんでおこうって思いました。 ーーだからこその投稿内容だったわけですね。 佐野 障がいを持ったことで「大変やねん」、「しんどいねん」って言ったって、どうにもならないじゃないですか。だったら、「こんなこともできるんだぜ」とか、「こんなこともやってるんだぜ」っていう風に言えるのが楽しみなんですね。左投げへのチャレンジもそうですけど、この歳になって改めてチャレンジする(できる)ことが増えていくのは楽しみでしかないんです。 ーーそれでも実際、不便なことはありますよね? 佐野 例えば、左手の爪を切れないだとか、シャツの左袖のカフスボタンが留められないとか。あとは、ズボンのベルトって、右手で引っ張って、左手でバックルを留めるじゃないですか。それができないんですよ。でもね、「できないこと」を嘆くんじゃなくて、「こんなこともできないんや」って気付いた時には笑って、ある意味で楽しんでますね。 ーー佐野さんのことを案じている人たちも多いですが、その人たちに向けて何かあれば。 佐野 まぁ、元気です(笑)。まずは、「元気だ」っていうところを見せるのが大事だと思ってます。僕の場合は、根っからの「野球人」なんで、皆さんには野球で返していくしかないと思っているんですね。これから先に、元気に野球に携わっている姿を見せることをお約束します。「コイツ元気なんやなぁ」とか、「相変わらずアホやなぁ」って言われる存在でありたいと思ってます。もし、誰かが僕の姿を見て、「よし! 頑張ろう!」っていう人が一人でも二人でもいるんであれば、それがすごく嬉しいです。 ==次回に続く== 佐野慈紀(さの・しげき) 1968年生まれ。愛媛県松山市出身。第68回全国高校野球選手権大会にて準優勝。近畿大学に進学して同大のエースとしてリーグ10連勝に貢献。1990年、ドラフト3位に指名され翌年に近鉄へ入団。中継ぎ投手としてはNPB(日本プロ野球連盟)で初の「1億円プレイヤー」となる。2003年に現役を引退。 ≪Tiger編集部≫
2024.11.05
明々白々な詐欺事件 その連中は、昨年7月12日に警視庁捜査二課に詐欺容疑で逮捕された。 新聞では事件を次のように報じている。 仮想通貨発行巡り詐欺容疑 全日本プロレスの元オーナーら逮捕 新規の暗号資産(仮想通貨)発行への出資名目で、美術品販売会社から1億5000万円を詐取したとして、警視庁捜査2課は12日、詐欺容疑で、職業不詳野崎勝弘容疑者(59)=東京都港区=と、職業不詳白石伸生容疑者(50)=東京都千代田区=ら男3人を逮捕した。捜査関係者らによると、白石容疑者は、全日本プロレスの元オーナー。他に逮捕されたのは、職業不詳竹本誠容疑者(57)=横浜市磯子区。捜査2課は、野崎容疑者と白石容疑者が主導し、白石容疑者が実質的に経営する仮想通貨交換業者が事業を担うとうそを言って、出資を持ちかけたとみている。 捜査2課によると、事業は実体がなく、金は借金の返済などに使われたとみられる。野崎容疑者らは「300億円規模の資金調達をする。流通すれば利益が出る」などと説明していたという。 逮捕容疑は2018年3~4月ごろ、共謀して東京都中央区の美術品販売会社に新規の仮想通貨を発行すると持ちかけ、現金を詐取した疑い。捜査2課は認否を明らかにしていない。 事業に進展がなく、野崎容疑者らと連絡が取れなくなったため、美術品販売会社が20年5月に告訴していた。(サンケイスポーツ2023年7月12日付記事) 容疑者の中に全日本プロレスの元オーナーがいたことでスポーツ紙がいの一番に採り上げたのだろう。実際一般紙ではこの事件の扱いはいわゆるベタ扱いだった。 同事件の告訴状がここにある。そこではきわめて精緻に事件の全容が綴られている。ここにその一部始終を記しはしないが、Ⅰ億5千万円を首尾よく詐取した経緯は正に手慣れたもので事件の白眉だけにざっと引用しよう。これはとりもなおさず被疑者らの明白な犯意を証明するものなのだ。 例えばこんなくだり。いよいよウソの仮想通貨交換業者に両者(告訴人と被告訴人)が等分に出資を実行しようとする場面。詐欺漢にとっては実際に金を引っ張る最も重要なシーンである。 『~前略~告訴人側と被告訴人野崎らとで面談を行った際、告訴人側から被告訴人に対し、告訴人、被告訴人側それぞれ半額ずつ出資する方法を提案した。 これは、告訴人において、事業立ち上げん移載しての出資金を告訴人が全額負担するとなると、告訴人が単独で事業を行うに等しいこと、被告訴人側それぞれ半額ずつイン側が何らのリスクも負わないのは不安であったことによる。 具体的には、告訴人から被告訴人野崎に対し、告訴人が7500万円、BMI Japan社(※被告訴人側の会社)が7500万円をそれぞれ出資し、出資金の合計額をⅠ億5000万円とするのはどうかと提案したものである。 そうしたところ、被告人野崎より、出資額をⅠ億5000万円に拡大し、それぞれⅠ億5000万円を出資し、出資金の合計を3億円とする旨の提案を受けた。~後略~』。 元々出資する気もない、いや、実際に出資する原資も持たない〝詐欺漢〟たちにとってここは一世一代のパフォーマンスを演じなければならないシーンなのである。相互の出資額をドーンと引き上げる提案をすることで相手(告訴人)の不安を解消しようとしているのである。告訴人にしてみれば、『よもやこの連中(被告訴人)は(出資する)カネがないのでは?。すると共同出資といいながらすべて私(告訴人)が出資する羽目になるのでは?』、という不安に戦いているところ、いきなり倍額などと提示されたらすっかり安心するのである。 このあたりの巧みな展開などを見ても被疑者どもの犯意は明確である。 ちなみに告訴状は令和2年の5月に出されている。捜査に3年あまりが費やされたのだ。それでも告訴を受けた警視庁は捜査を投げ出さなかった。それだけ被疑者の悪意を捜査員らが如実に感じられたのだろう。ついに逮捕にこぎ着けた。 この時の警視庁捜査二課の達成感というのは察して余りある。天晴れと言うしかない。 警視庁は自信を持って送検した。しかし… 告訴人はいう。 「長い時間がかかりましたが、それでも詐欺漢どもが逮捕されて、ああ、ようやく報われた、と思ったものです。警視庁の捜査官たちには思わずねぎらいの言葉を掛けたくなったほどです」。 これは詐欺の被害者としてまったく正直な思いであろう。Ⅰ億5千万円もの大金を詐取されたのである。長きに渡って喪心せずがんばってくれた捜査員一人一人の肩でも叩きたくなったというのは人として真意そのものといっていい。 ここで終わってしまったらまあ凡庸なストーリーに過ぎないが、ことはそうそう単純じゃない。本題はここからにある。 送検された被疑者どものは半年近い(!)時間を経過してある処分となった。 なんと不起訴処分なのである。 送検後半年という時間をかけたというのも異例だが、東京地検刑事部が出した結論が不起訴処分とは誰もが予想だにしなかったまさしく奇想天外な結末である。 「絶句しました」(被害者)。 当然であろう。 まさしく前代未聞の顛末となった詐欺事件。本誌ではこの経緯をこれから深掘りしていく。 東京地検刑事部で何があったのか。
2024.11.05
京都大学名誉教授が創り出した『ドリーム燃料』とは? ガソリン1リッターを今の価格の10分の1で供給できます! これが本当ならば、1リッター1数円でガソリンが買えることになる。原油高でドライブの回数を大幅に減らしている人続出のご時世、この話に飛びつかない人はいないだろう。称して 『ドリーム燃料』。提供するのは、アイティー技研なる会社で、同社代表は京都大学名誉教授の今中忠行氏。ドリーム燃料の開発者はこの今中氏である。10分の1の価格、京都大学のそれも名誉教授、これらアイコンが話題にならないはずはない。昨年中頃からネットなどはいち早くこのトピックに飛びつき話題の渦となっている。 当のアイティー技研のホームページはこんなことが記されている。 ドリームエネルギー製造装置 は、株式会社アイティー技研 代表取締役社長、京都大学名誉教授 工学博士の今中忠行氏らによって開発された技術を基に連続生産を可能にした製品です。ここではその開発会社である株式会社アイティー技研、そして今中忠行氏を紹介いたします。 ~中略~ 保有技術 炭酸ガスと水から常温・常圧で石油を化学合成する技術 軽油・重油を簡便に精製する技術 活性化水を用いて植物の成長を促進させる技術 工業部品の油汚れを洗浄する技術 ビルの冷却水を安価に維持する技術 鉛バッテリーを半永久的に回復・利用することができる技術 河川・湖沼・内海のヘドロを安全に分解する技術 超好熱菌を用いて生ごみ等から水素を生産する技術 特殊光触媒を用いて空気中の菌類を強力殺菌する技術 特許 発明の名称 炭化水素の合成方法及び合成装置 特許番号 特許第6440742号 発明者 今中 忠行、竹本 正 ニッポンの救世主と言われて 今やネットで話題になってしまえば次々とマスメディアが動き出す。案の定、動き出した。いち早く大きく取り上げたのはテレビだ。 そのテレビニュースでは大阪市がこのドリームエネルギー(燃料)を実験し、実際に水と二酸化炭素を原料に特殊な加工を施した結果、今のガソリン価格の10分の1という金額でガソリンを供給できることを証明して見せている。今中教授はそのニュースの中でキッパリと『今のガソリンの10分の1で(ドリーム燃料は)できます』と自信にあふれた顔で言い放っている。いってみれば大阪市がドリーム燃料に対してわざわざ実験までしてみせながらお墨付きを与えているのだ。このニュースは実に2023年1月16日である(テレビ大阪)。このニュースを見た視聴者は目を剥く。〝なんだって、10分の1?やて!うそやろ!いや、大阪市が実験してホンマにガソリンができとるがな、こりゃ本物やな。この先生(今中教授)偉いもんやな」。まあこのニュースを見た大方の視聴者はこんな感想を抱くかあるいは声に出して感心したはずだ。大阪市が声高に『夢の燃料』などといっているのだ。それも広告宣伝なんかではない、ニュースでそう言っているのである。 そのあとも大阪市だけでなく大阪府もドリーム燃料の実証に積極的に乗り出したであるとか仙台市に本社を置く再生可能エネルギー専門会社、サステイナブルエネルギー開発株式会社がドリームエネルギー製造装置を取り扱うなどというような注目度の高いニュースが次々と波状的に流されている。 ドリーム燃料に対する巷間の耳目はいやが上にも高まってくる。当の今中教授はドリーム燃料の開発の場を立命館大学に移し、そこで盛んにデモンストレーションを繰り広げる。もう再生可能エネルギーのステージは、ドリーム燃料で塗りつぶされてきたといっても過言じゃない。今やネット上では、ニッポンのいや、人類の救世主などと持ち上げられ、ちょっとした今中フィーバーが沸き起こっているのだ。 いつまで経っても完成しない! ところが、この熱量に水を差す情報がもたらされた。ドリーム燃料の開発にも大いなる援助もしてきた複数の業者が投げかける。この業者らのいうところはすべて共通している。それらの声をまとめてみるとこうなる。 「ドリーム燃料製造装置はいつまで経っても完成しないのです。実験ではあたかもできあがっているように謳っていますが、実は完成されていません。もうすぐ完成するといってはカネを要求する。いろいろな業者がずいぶん多額の資金を出してきていますが、それでもいまだに完成していないのです。要するにドリーム燃料製造装置はお金を引っ張る道具になっているのです。今中氏はもうすぐ完成、もうすぐ完成、この台詞で実は数年間多くの関係者を騙し続けています。(製造装置は)完成することはないと考えています。今中氏にしても心中は完成することはないと確信しているはずです」。 この証言が事実ということになるとこれが大きな社会的問題に発展することは自明の理である。 ドリーム燃料に関してはもちろん猜疑的な意見は散見されたが、このように真っ向から疑義を唱えられたことはかつてない。本誌はこの問題をさらに追求していく。
2024.11.05
名張毒ぶどう酒事件 今から60年以上も間に起きた名張毒ぶどう酒事件の犯人は、奥西勝という電鉄会社社員ということになっている。奥西は死刑が確定したから疑いの余地はないとされているのも無理からぬところではある。 奥西を犯人とする決め手は、『三角関係の清算』だった。奥西は、その時結婚していたが、愛人をつくり泥沼にはまっていた。警察はその点に目を付け、奥西が妻と愛人との三角関係を一気に清算してしまうために、村の集会で毒を入れたぶどう酒を振る舞ったと事件を見立てた。実際、妻も愛人もぶどう酒を飲んで死んでいる。奥西は当初こそ警察の峻烈な取り調べに嘘の自白をしたものの死刑が確定しても無実を訴え、再審請求を何度も試みている。 毒をぶどう酒に混入したのは、奥西ではなかった。実は奥西にきわめて近しい人物だった。この事実はこの村の人間ならば皆知っている。村の有力者が死んだ奥西の愛人と深い関係だったという人聞きの悪い事実もあった。こういうことについて村人は堅く堅く口を拭っているのだ。飜って奥西に犯人でいてもらえば村は波風が立たずすこぶる安泰なのである。村ぐるみで警察の見立てを裏付けた。これが事件の真相である。
2024.11.05
和歌山毒カレー事件 和歌山毒カレー事件の犯人は林眞須美である、ということを日本国民の99.99%は疑っていない。13年も前に死刑が確定しているのである。林以外に誰が犯人だというのか、これが見事に国民に定着している。 事件と林を結ぶ唯一の点は、〝ヒ素〟である。ところがカレーに混入されたのは、ヒ素ではなく青酸ニトリールというまったく別の毒物という見解が司法当局では定着している。そうだとすれば林はまったく真犯人でなくなってしまう。林が青酸ニトリールを手に入れることはできない。このことは固く箝口令が敷かれている。これまで林を真犯人としてきたものの動機も犯行の手口も目撃情報も事件発生から四半世紀が経とうというのに何ひとつ判明したものはない。判明するはずはないのだ。 誰が真犯人なのか。あのとき事件現場にいたのは未成年、それも小学校低学年の児童だけだった。その児童がどういうルートを経て青酸ニトリールを手に入れたのかはわからない。ただ、児童には動機はない。それは、ほんの〝いたずら〟だった。その児童一家は事件発生から一年も経たずに和歌山をあとにした。彼らの行方は杳としてわからない。林が死刑を執行されることはないだろう。
2024.11.05






