浜田聡氏の鋭いツッコミに座布団1枚
2026/01/28
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終わりに代えて限りない悲しみ 本件『社外取締役島耕作』の辺野古抗議行動デマ中傷報道に接して、ヤマトの一員として感ずることは怒りではない、限りない悲しみで ある。10月22日朝日新聞夕刊「素粒子」は書く。【「辺野古抗議行動に日当」のデマを垂れ流した「島耕作」。社長・会長に出世したエリートも晩節汚し。この程度の情報判断力で今の社外取締役は務まるの?】 全く同感である。「取材」ならば、どうして他方、即ち抗議行動側の意見も聞かなかったのか。取材で複数人から「辺野古では日当が支払われているようだ」と聞いたと作者らは言う。いずれも直接の体験でなく「伝聞」である。ところが件の漫画では登場する女性に「抗議する側もアルバイトでやっている人がたくさんいますよ 私も一日いくらの日当で雇われたことがありました」と伝聞でなく、直接の体験として語らせている。ここに抗議行動に対する作者の嫌悪・悪意を感ずる。冒頭記した「モーニング、及び作者の「お詫び」が読者に対する ものであって抗議行動参加者に対するものでないことはどうしたことか。
平安前期、地方では治安の乱れから大規模な群盗が頻繁に発生した。889(寛平元)年の物部氏永の乱がその代表例で、危機感を覚えた朝廷はその翌890(寛平2)年、天皇の親衛隊組織として全国から弓術・馬術に優れた者たちを集め、「滝口武士」と名付けた。 これが武士という名の階級の最初の形とされている。もっとも、弓馬や刀など武器を扱う術は京で一から教えられたわけではなく、もともと身に付けていた者たちだ。彼らの出身母体はどこなのだろうか? 当時、皇族や上位貴族(王臣家)は国の律令制度を無視して地方の利権を漁っていた。彼らは中下位の貴族を吸収し、各地方で郡司の座にいた富裕豪族と血縁関係を結び、武装して「家」的な集団を形成していった。 こうして地方豪族の武力と、都の貴族の血筋が結合した武装集団が単なる荒くれではない、独特のモラルと知性を併せ持った「武士」のルーツと言っていいだろう。 皇族から降りて常陸国(現茨城県)で一勢力となった桓武平氏の祖・平高望(たかもち)がその典型。将門を倒した貞盛、刀伊と戦った為賢はその系譜にある。 この集団から抜擢され、京に住む皇族・貴族の警護役としてフィードバックされたのが滝口武士である。将門・純友の乱もその‶選考″の場となった 京の都の雅な世界を描いた『光る君へ』。武士の台頭を暗示する「嵐が来る」というラストのセリフが話題となったが、京から一歩外に出れば、実はずっと前から「嵐」に向けての地殻変動が始まっていたのだ。刀伊撃退はその一端を垣間見せた大事件だった。 ✳︎主な参考文献 桃崎有一郎『武士の起源を解きあかす』ちくま新書 〃 『平安王朝と源平武士』 〃
2025.01.02
2025.01.01
沖縄県民の求めるささやかな幸福追求の権利 辺野古での抗議行動は憲法13条、幸福追求の権利に基づくものだ。沖縄県民が求める幸福とは何か。それは耳をつんざくような爆音のない静かな夜、空から危険物の落下のない安全な生活、米軍・軍属による性被害のない安心できる社会等々といったささやかなものに過ぎない。国土の0・6%の狭い土地に在日米軍施設の70%が集中し、県民は米軍基地の重圧に呻吟している沖縄では、このささやかな権 利が保障されていない。憲法番外地である。 そもそも権利の保障はそれが保障されない時代があったことの反映である。例えば表現の自由の保障は、表現の自由が保障されない時代 があったからだ。憲法は種々の権利を保障しているが、その根幹をなすのは13条「幸福追求の権利」だ。この国ではかつて、個人は天皇の為、国家の為にあるとして、個々人の幸福を求めてはいけないという時代があった。そんな昔の話ではない。たかだか80年前の話だ。その反省から生まれたのが憲法13条、幸福追求の権利だ。ヤマト(本土)は沖縄に米軍基地を押し付け、平穏な生活をしたいという沖縄県民のささやかな願いを踏みにじっている。ヤマトの13条のために沖縄県民の13条が犠牲にされていることに筆者を含むヤマトの人々がどれだけ自覚的だろうか。
死刑が執行されない状態が続いている。秋葉原無差別殺傷事件の加藤智大元死刑囚(当時39歳)が執行された2022年7月26日を最後に、約2年半にわたり執行がないままだ。静岡県一家4人殺害事件で、死刑となった袴田巌さん(88)が再審無罪になったことなども背景にあるとみられるが、未執行期間が長期間に及んでいるため、死刑制度の形骸化を指摘したり制度廃止を求めたりする声も上がっている。 ■最後の執行は秋葉原無差別殺傷・加藤智大元死刑囚 「死刑執行の命令は判決確定の日から6か月以内にしなければならない」 刑事訴訟法は死刑についてこう定めるが、実際の執行の時期や対象者は法務大臣の判断に委ねられており、未執行の確定死刑囚106人(2024年12月末時点)の中には、死刑確定から数年~半世紀以上が経過しているケースもある。 法務省は元々、再審請求中の死刑囚については、長年にわたり執行を後回しにする運用を続けていたが、2017年7月、当時の金田法相が「再審請求を行っているから死刑執行しないとの考えは取っていない」として、2人の死刑囚の死刑を執行した。 法務省はその後も再審請求中の死刑囚への死刑執行を続け、2018年には、オウム真理教の教祖・麻原彰晃こと松本智津夫元死刑囚(当時63歳)ら15人の刑を執行するなど、厳格な姿勢を鮮明にしてきていた。オウム真理教事件で執行された13人のうち10人、最後の執行となったアキバの加藤元死刑囚も再審請求中だった。 ■葉梨元法相のハンコ問題と袴田さん再審無罪 だが、高齢受刑者への死刑執行を避ける傾向は顕著となっている。ある法務省幹部は「人道上の観点から、高齢死刑囚には執行に踏み切りにくい」と明かす。こうした傾向が続く中、「死刑離れ」に拍車をかけたのが、「ハンコ問題」と袴田さんの再審だ。 ハンコ問題では、アキバの死刑執行後の2022年秋に法相に就いた当時の葉梨康弘氏が公の場で、法相の庶務について、「死刑のハンコを押し、昼のニュースのトップになるのは、そういう時だけという地味な役職だ」などと発言。死刑制度を軽視するような姿勢に世間の批判が噴出し、葉梨氏はすぐに更迭されたが、ある法務検察幹部は「あのハンコ発言のせいで、逆に死刑執行の判断により慎重にならざるをえなくなった」と振り返る。 法務省はさらに「袴田さん再審」という「爆弾」を抱え続けていただけに、その後の法相4人も執行しないまま、現在に至っている。 ■遺族は怒り、厳格な運用を 死刑は命を奪う究極の刑罰であり、再審請求中の事件も含め、執行に慎重になるのは当然だ。袴田さんの事件でも、再審開始が2023年3月に確定し、2024年9月に再審無罪判決が言い渡された。 だが、同じ理由で何度も再審請求を繰り返す「執行逃れ」の疑いが強い死刑囚も少なくなく、遺族感情からすれば、死刑制度があるのに執行されない状態が長期化している現状には、怒りや違和感しかないだろう。 死刑制度の形骸化を指摘する声も根強く、一部の国会議員は死刑廃止を求めている。ただ、内閣府が2020年に公表した世論調査で、死刑容認は80・8%を占め、死刑廃止支持の9・0%を大きく上回り、現在の鈴木馨祐法相も、廃止には否定的な考えを示している。犯人の極刑を願う犯罪被害者も少なくなく、死刑制度がある限り、厳格な運用が求められる。
むなしさを抱きしめ、だが絶望することもなく サンゴと多様な生物が生息する大浦湾への土砂の投入は止まらない。キャンプシュワブのゲートからは毎日500台近くのダンプが土砂 を搬入する。沖縄戦の艦砲射撃で裸にされ、再生した山が再び裸にされる。むなしい。しかし、このむなしさを抱きしめながら絶望するこ ともなく辺野古での抗議行動は今日も続く。これこそが先人たちが連綿として続けて来た沖縄の運動だからだ。 辺野古での抗議行動は憲法13条(幸福追求の権利)に基づく非暴力の闘いである。現場のリーダーが抗議行動の新たな参加者に「非暴 力とは言葉の暴力も否定するものなのです」と説明する。現場では、排除する機動隊員に対する抗議もなされるが、その場合にも「税金泥棒!」、「ポリ公帰れ!」といった類の「暴言」が吐かれることはない。抗議行動参加者に「土人」と暴言を吐いた大阪府警など、県外の機動隊は別として、排除される沖縄県民、排除する沖縄県警の相互間にある種のリスペクトが存在する。こういうことは上っ面の調査や「取材」ではわからない。現場でずっと座り込みをしていることによって次第に見えて来る。辺野古では抗議行動一辺倒ではない。ダンプの隊列の合間を縫って昼食や交流会がもたれ、各地の報告などのほかに歌や、踊りもある。 歌には「沖縄を返せ」といった運動歌ももちろんあるが、「海の青さに空の青 南の風に緑葉の 芭蕉は情けに手を招く 常夏の国 我 した島沖縄」と謳う「芭蕉布」のような民謡も歌われる。歌や踊りはゲート前で機動隊と対峙しているときにも行われる。機動隊の隊長も歌や踊りの最中には規制・排除を控え、頃合いを見て、機動隊員に規制開始を命じる。抗議行動の現場リーダーと機動隊隊長の阿吽の呼吸だ。「ごぼう抜き」に際して、時には双方が激するところもないわけではないが、機動隊員たちの行動は概ね穏やかだ。抗議行動参加者を機動隊員3人がかりで運び出し、尻からでなく、まず足から着地させ、起き上がるのにも手を貸す。筆者は毎回「お世話様」と声掛けしている。人はこれを「馴れ合い」と呼ぶかもしれない。だがこれが「勝つことの秘訣は諦めないこと」という沖縄の運動なのだ。朝、抗議行動の始まる前、ゲート前で抗議行動参加者が沖縄県警員と「おはよう」と挨拶を交わしながらグータッチをすることもある。 年配の女性から「あなたたち、こんなことをしていていいの」と語りかけられ涙ぐむ、孫のような若い機動隊員を見たこともある。「あ なたウチナー口(沖縄の言葉)分かる」と声をかけて機動隊員にウチナー口で語り掛ける年配の女性もいる。こういう芸当は年配の女性で なければできない。昼食は各々がそれぞれ用意して来るが、中に、週1回だが、多くの人々のために盛りだくさんの食事を持参してきてくれる人がいる。聞けば、その日は午前3時頃から起きて準備するそうだ。筆者も随分ごちそうになっている。これを辺野古ヴァィキングと呼ぶ人もいる。手間暇はもちろんのこと、毎週のことだから経済的な負担も大変なものだ。
法の番人であるはずの裁判官が、インサイダー取引をしたとして罪に問われる異例の事態となった。証券取引等監視委員会は2024年12月23日、金融庁に出向していた裁判官・佐藤壮一郎容疑者(32)を金融庁品取引法違反の疑いで東京地検特捜部に刑事告発した。佐藤容疑者は同年4月に最高裁判所から金融庁企画市場局企業開示課に出向後、職務を通じて知ったTOB(株式公開買い付け)に関する未公開情報をもとに違法な株取引を始めていたという。 ■出向後すぐに不正な株取引 刑事告発を受けた東京地検特捜部が同25日に佐藤容疑者を在宅起訴しており、裁判官が今後は「刑事被告人」として公開の法廷で裁かれることになった。2025年早々にも東京地方裁判所で初公判が開かれる見通しだ。 証券取引等監視委や関係者によると、佐藤被告は4月の出向直後からインサイダー取引を開始。監視委の強制調査を受けた9月までに、自身名義で10銘柄について合わせて計951万円分を買い付けたとされる。 佐藤被告は、金融庁企業開示課で課長補佐を務め、関東財務局が審査を担当するTOBについて、実施予定日や価格などを知りうる立場にあった。このため、一部の金融庁職員にしか閲覧できないTOB案件を一覧にまとめた資料をみられる権限もあり、出向直後から不正な株取引を始めていたとされる。不正に買い付けた株の売買で、約400万円の利益を得ていた疑いがある。 ■検察などは「裁判官」の立場を重視 今回のように数百万円程度しか利益のないインサイダー取引の場合、証券取引等監視委員会は課徴金の行政処分に済ますのが通例で、刑事告発・起訴にまでいたるのは異例だ。監視委や検察が佐藤被告の「裁判官」という立場を重視した上で刑事罰に問うべきと判断した。 佐藤被告は一連の不正を認めているとされ、公判でも起訴事実を認めるとみられ、量刑が争点になる見通しだ。 知人らによると、佐藤被告は慶応大学法学部から同大法科大学院を経て、24歳で司法試験に合格したエリート。裁判官の妻とも結婚し、経済的に困っていた様子はうかがえず、生活も順風満帆にみえた。これまでの監視委や特捜部の任意聴取には、「ばれないと思った」などと供述しているが、動機についてはまだ詳述していないといい、公判でどこまで犯行の動機や経緯が明らかになるのか。裁判官が被告人となる異例の刑事裁判は今後、世間の注目を集めそうだ。
辺野古行きのバス代一律カンパ 辺野古での抗議行動は海上でのカヌー隊は別として、陸上はキャンプシュワブゲート前、安和琉球セメント桟橋前、塩川港の3箇所で月 曜日から金曜日まで毎日行われる。沖縄の現地の人々は、地域あるいは団体ごとに曜日を決めてこの3箇所での抗議行動を分担する。週1回、2回、多い人は週3回の参加となる。辺野古までは、各グループがバスを仕立てる。 筆者は朝7時、沖縄県庁前を出発するバスに乗り込む。辺野古までは1時間余、安和、塩川までは2時間近くかかる。地元の人々はそれ ぞれの停留所から乗車してくる。乗車する人には、バス運行代の一部に充当するため、一律金1000円程度のカンパが要請される。筆者は3日間なので、合計で金3000円、年間18日で金1万8000円(もちろんそのほかに航空機、宿泊代)の負担という計算になる。 地元の人々は、週1回の人は毎月4回、年間48回で金4万8000円、週2回の人は年間96回、金9万6000円、週3回の人は年間 144回で、金14万4000円の負担という計算になる。この計算は辺野古行きのバス代カンパに関してのみのものであり、抗議行動参加者にはその他にも多くの経済的負担がかかっていることは言うまでもない。それでも人々は辺野古の抗議行動に参加する。
関秀斗 【後編】 氏名/関秀斗(せき・しゅうと) 生年月日/2002年7月7日 出身/埼玉県 趣味/読書、人間観察 特技/野球 座右の銘/止めない決断・続ける努力 デビュー/2023年5月 俳優を目指してデビューした人たちの中からピックアップして、ネクストブレイクが必至な新人にフォーカスを当てる「New Comers File」。 生来の真面目さに加えて、小学5年から高校3年まで続けた野球経験で培った根性、趣味であるという人間観察は、この先に俳優としてどう生かされているのかを関秀斗さんに伺った。 ーー現在、俳優として活動をするようになって思うことは? 関 まだ、ようやくスタートを切れたばかりという感じではあります。僕が演技をする中で、自分が発した言葉であるとか、表現であるとかで、もしも観ている人たちの心を動かすことができるとか、影響を与えることができるのだとしたら良いdすね。僕がドラマを観て「俳優になりたい」と思ったのと同じように、一歩を踏み出すことを躊躇している人がいるのであれば、その人の背中を押してあげられるかもしれないこと、勇気を与えられるかもしれないことができれば良いなと思います。 ーー趣味が「人間観察」とのことですが、それが演技にどう役立っていますか? 関 色んな場所で人々を観察しながら、表情であるとか、目線の使い方だとか、動きだとかを観察しています。観察をしながら、その人のバックグラウンドであるとか、心情とかを想像します。自分以外の“誰か”を演じる事を要求されるのが俳優だと思います。台本を頂いて、単にそこに書いてあるセリフを言うだけじゃなくて、所作や表情など、台本には書かれていない部分まで考えて演じる必要があります。そこで、日々の人間観察で培ったこと、常に想像することが必ず役に立ってくるのではないかと思っています。 ーーこれから挑戦したいジャンル、やってみたい役柄などあったら教えてください。 関 「天国と地獄(※1)」の登場人物のように、サイコパスで人格が入れ替わってしまうっていう非常に繊細な演技はやってみたいですね。それと、歴史が好きなので、「大河ドラマ」であるとかの誰でもが知っているような歴史上の人物を自分なりの解釈で演じてみたいです。それと、若手俳優の登竜門とも言われる「仮面ライダーシリーズ」とか、「戦隊モノ」に出演するのが目標です。子どもの頃から観ていた大好きな番組でもあるし、僕が憧れている俳優さんたちを多く排出している番組でもあるので、機会があれば絶対に挑戦したいと思っています。 ーー最後に、応援してくれている人たちに向けて何かあれば。 関 僕は「これをやりたい」「こうしたい」って公言したことの全部を叶えて来たので、「仮面ライダーシリーズ」や「戦隊モノ」に出演するとか、「こういう役がやりたい」という思いを実現するように努力し続けたいと思います。ドラマや映画に出て何度も主演を張れるような俳優になりたいです。僕が注目を浴び続けることが、応援して頂いている人たちはもちろん、家族や友だちへの最大の恩返しだと思っていますので、これからも俳優・関秀斗への応援をお願いします。 ※1/天国と地獄~サイコな2人~ 2021年の1月からTBS系列で放送されたドラマ。出演は綾瀬はるか、高橋一生、柄本佑、溝端淳平、他。刑事と殺人事件の容疑者の人格が入れ替わるというストーリー。 ≪了≫ Tiger編集部
2024.12.30
丸川珠代元オリパラ担当大臣だけが、はずされた 34人の中で唯一外されたのは丸川珠代元オリパラ担当大臣で、パーティー券の販売代金を自分の口座に入れていたのが公明党の支持母体に「理解」されなかったのかもしれない。アナウンサー出身で野心たっぷりの丸川氏は、参院議員の地位をなげうって、10増10減で新設された衆院東京7区に鞍替えした。港区と渋谷区を含む東京7区は希望者が多かったが、丸川氏はコロナ時にオリパラ大臣を引き受けたことで、森喜朗元首相に便宜を図ってもらったといわれる。だがそんな運も尽き果てたのかもしれない――。16日に安倍昭恵夫人を応援に迎えた街頭演説会では「小選挙区1本です。どうかお助け下さい」と有権者に向かって号泣した。 こうして自民党の中で“振るい”がかけられ、「安倍ブランド」の高下駄を履いていた人たちが落とされていった。そもそも彼らの多くは、もっと早く落とされても良かった。にもかかわらず、彼らがしぶとく生き残れたのは、対立する野党がいまいち強くなかったせいでもある。しかし彼らとて、いつまでも呑気な立場に甘んじられるはずがない。そしてかねてから日曜赤旗で報道されていた「裏金問題」について、昨年12月に一般紙が報道。これが大問題になったのだ。 「リクルート疑惑」を「裏金疑惑」に置き換えてみると 「裏金問題」とは、政治の永遠のテーマである「政治とカネ」問題に含まれる。自民党は1989年5月に「政治改革大綱」を策定したが、その冒頭で次のように記されている。「いま、日本の政治はおおきな岐路に立たされている。リクルート疑惑をきっかけに、国民の政治に対する不信は頂点に達し、わが国議会政治史上、例をみない深刻な事態を迎えている」この文章の中の「リクルート疑惑」を「裏金疑惑」に置き換えると、そのまま現在の状況に当てはまる。35年を経て懲りもせずに繰り返される過ちに対して、国民はすっかり呆れ返ってしまっている。 もっとも15年前の2009年の衆院選で、「自民党にお灸をすえよう」を合言葉に、政権交代劇は実現した。そこには自民党への期待や愛情も存在し、自民党の政権復帰も可能だった。しかし今回はそのような感傷もドラスティックな変化もなく、国民はただ淡々と自民党から離れていくだけだ。当初から石破政権は短命政権と見なされている。なんとか衆院選を潜り抜けたものの、来年7月に予定される参院選までもたないとされているからだ。「衆院選が終わるとすぐさま、壮絶な政局が始まるだろう」と、大手メディアの記者は予言する。混沌と渦巻く政治の中で、我々は「終わりの始まり」を目にすることになるのだろうか。
2024.12.30








