政治•経済
ところで、最近の傾向として、一般犯罪もそうだし、交通事故による犯罪もそうですが、まず被害者が「現行法はおかしい」として立ち上がります。そして、それを追認する形で政府が動くという構図になります。例えば殺人などにあった時効は無くなりました。殺人罪などは十五年でしたがそれが25年になり、そして今は時効がなくなり、何年たっても犯人を追いかけることが可能になりました。 これらは被害者の方が「現行の時効はおかしいと言って声を上げた結果です。 それにしても、被害者が立ち上がらないと国や行政が動かないというのは、ちょっと情けないといえます。被害者からすれば、誰でも被害者になる可能性があるのだから常に被害者が納得できる法体系にしておくのは当然といえます。 時効の撤廃には、もう一つの事情がありました。足立区で殺人をして死体を隠ぺいしていた犯人が、家の庭の地中に埋めた死体が道路拡張のため立ち退きを余儀なくされることになったことから「殺害が明らかになる」と判断し、二六年以上たって自首してきました。ところが、すでに15年の時効が過ぎていて訴追ができなかった。犯人が出てきたのに手も足も出せないなんて、そんなバカなことないだろうということもあって公訴時効が撤廃されました。
2024.11.26
所得税の限界税率は30年変わらぬゾンビ税制 国民民主党が先の衆院選で大躍進を遂げた。その原動力となった政策が「103万円の壁の引上げ」である。基礎控除と所得税控除の合計額が課税点となるのが103万円である。この103万円の控除を175万円まで引き上げることで所得税減税を行い、かつ労働力不足にも一役買おうという目論見である。引上げ幅の根拠となるのは103万円と決められた1995年から2024年までの最低賃金の上昇率を勘案するというもの。本来ならば物価指数の変化も考慮に入れるべきなのかもしれないが、その間の30年間は自公政権と民主党政権による失政が続きデフレスパイラルから脱出できずにいた。克服すべきデフレ経済を基準としても意味を為さない。103万円の所得が障壁となるのは主にパートやアルバイト人員である。もっと広い範囲で所得税制を考えるとすれば税率の区分が問題となる。現在、円安によるコストプッシュ型インフレがおき消費者物価は上昇の一途を辿っている。賃上げが進んではいるものの物価高騰に賃金増加分を食われてしまい実質賃金はほとんど変わらない。それにも関わらず所得税の累進課税だけが増えて実質的な手取りは減ってしまっている状態、所謂ブラケットクリープ現象が起きている。よって、所得税の課税区分の調整を行わないと賃金の上昇が経済成長に繋がらない。所得税の限界税率とは複数の税率を適用して所得税を計算する場合における最も高い税率のことをいう。下記の図のように所得が900万円を超えると限界税率は23%から33%に上がる。例えば、給与所得850万円の人は手取りが654万円、同じく給与所得が850万円だった人がベア3%と定期昇給4%の賃上げとなった場合、給与所得は909万円となるが税率は10%上昇し33%となることから手取りは609万円となる。よって、約60万円の賃上げを獲得しても手取りは45万円の減ってしまう。物価対策の賃上げが物価を上回る所得税率のアップで吸い取られてしまう。ブラケットクリープ現象の一例と言える。 30年間変わっていない限界税率。調整は必要不可欠 限界税率は7段階に区分されている。195万円までが5%、333万円以下が10%、695万円以下が20%、900万円以下が23%、1800万円までが33%、4000万円までが40%、それ以上が45%となっている。この限界税率も実は1995年から約30年間ほとんどかわっていない。その間、物価は約10%上昇している。限界税率の区分もゾンビ税制である。限界税率を物価変動に合わせて引き上げると各区分ごとに10%程度の引き上げが適当であると考える。さすがに30年前の最低賃金に連動させて検討すると70%以上の区分値の引き上げになるので非現実的であろう。いっそうのこと、この累進課税制度を見直しによって区分値の税率を固定するのではなく、フッ化変動率に連動して区分値が自動的に上下すること(比例値)にしてはどうか。そうしておけば30年間も放置されゾンビ化する恐れもなくなる。機械的に変動するのであれば行政の事務も政治家も負担が少ない。税制度としてもわかりやすく公平である。一考する価値は十分にあると思うが如何か。ともあれ、所得税制度を改正するのなら103万円の基礎控除と所得控除を引き上げるだけでなく、限界税率に関しても調整しないと減税効果は薄れてしまう。賃上げが単なる増税となってしまわないように政治家や官僚には心して頂きたい。
2024.11.25
平沢氏がライフワークとして追いかけているテーマをじっくり語ってもらう連載企画。まず1回として犯罪被害者の救済について思う存分語ってもらった。 危険運転にも厳罰を 今、政府が力を入れているのは犯罪被害者の救済です。 犯罪被害者の救済については今まであまり力を入れてこなかった。このことは平成八年に私の地元、葛飾の柴又で起こった女子大生放火殺人事件などを見ればよく分かる。 このケースでは、夕方に事件が起こった。連絡を受けたご主人は出張先から急いで帰り、奥さんと一緒に警察に行き、事情を説明する。夜遅く説明が終わったら警察から「どうぞお帰り下さい」と言われたそうだ。しかし、被害者は、自分の家を焼かれて帰るところがない。仕方なく友人の家に泊めて頂いたそうです。当時の警察は被害者のことはほとんど考えずに捜査のことだけを考えていたのです。 悪質危険な運転での交通事故でも被害者は忘れられています。現行法には危険運転致死傷罪という悪質危険な運転で起こした事故は重く罰する法律があります。悪質危険な運転で人を死傷させた際に適用されるわけですが、法への適用が難しいことから現実には過失という軽い刑が適用されることが多い。折角2001年に法律ができたにも関わらず、その法律の適用がなかなかできないのです。なぜかといえば、法律の構成要件が非常に分かりにくいことから警察も検察も裁判所も危険運転致死傷罪という法律の適用に慎重になっているのです。 今、葛飾区四ツ木の波多野さん夫妻など全国の被害者の方が使い勝手のよい法律にしようと立ち上がりました。それを受けた形で今、自民党では法改正を検討しています。具体的に言えば、例えば「進行を制御させることが困難な高速度」や「進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為」などと書いてあるが、意味不明でなかなか適用が難しい。被害者からすると、悪質な運転を行ったにもかかわらず、故意犯として重く罰する法律が適用されないとなると何のための法律か、そして誰のための法律か、ということになります。 そもそも、今まで交通事故の加害者は、まるで被害者みたいな扱いを受けていたところがありました。事故を起こした人は不運だ、気の毒だというような見方があったことは否定できません。それはあまりにおかしいということで今、党の中にプロジェクトチームができ、私が座長を務めています。今、改正案を作り、総理や法務大臣などへの説明も終わっています。 この法律改正案は法務省の法制審議会にかけた後に、直ちに国会に提出したいと考えています。
2024.11.25
地域の活性化で税収増も 昔は物流と言っても、道路も何もなかったし、まぁ鉄道は作られましたが、もともとは北前船、海運でした。太平洋側だけじゃなくて、日本海側にある地域、地域に港があって、そこから産品を江戸に向けたり大阪に向けたりして輸送することができて、地域がそれぞれ栄えてきました。ところが、その物流が北前船から鉄道になり高速道路となって変わってきたために、整備が遅れた地域がさびれてきて、過疎化が進んできたんですね。 そういうことを考えても、まずは日本の津々浦々に新幹線、田中角栄があの時代に作った整備計画ですけれど、それを当然やるべきです。それは元々国鉄でやるべきものでしたから、地元負担なしでいいんです。今は国と地元負担でやっていますが、そういう発想ではいつまで経っても整備できません。そうじゃなくて、これは国がそもそも国策として、国土強靭化としてやるんだという、そういう本来の目的をしっかりと国民に説明して、国が堂々とお金を出してやればいい。お金は、何度も言っていますが、国債を発行してやればなんの問題もないわけですよ。 そのことによって、早く新幹線を全国につないで、さびれていた地域がもう一度発展するようにすべきです。それぞれの地域で暮らせるだけの産業や一次産品をちゃんと作って、売れる仕組みを国が作っていくというのは大変大事なことだと思っています。 それができなくなったのは、バブルが終わって、国鉄も潰れ、物流の方法が電車・列車から高速道路に変わってきたりして、ますますさびれてしまったからなんです。今一度、高速道路の整備ももちろん必要ですが、高速道路と新幹線を考えると、圧倒的に新幹線が優れていますよ。一人の運転手でたくさんの荷物を運べるんですからね。そして将来は新幹線に貨物を走らせることだって可能なんです。 だから、高速道路で結ぶことも重要だけれど、新幹線に貨物列車を走らせる形であれば、東京・大阪間の地域の産品を様々な地域に届けることもでき、高速道路より、よほどか効率がいい。それをやるためにも、まずは新幹線をちゃんと作ることが大前提です。 そんなことを言うと、莫大な建設費用はどこから出るんだ、と言われますが、今から何年か前に整備新幹線の残っている路線を全部作ったらいくらかかるのかという質問を国会でしたことがあるんです。で、その試算を国交省に出させたんですが、50~60兆円だそうです。今は資材や建設費、それに人件費も上がっていますから、まぁ倍の100兆円と仮定しましょう。でもこの100兆円で、日本全国に新幹線ネットワークができるんですよ。コロナの時にその対策で出した金が100兆円です。それと同じ金額ですよ。それだけのお金を出したら、全国の新幹線が作れるんです。 その100兆円をコロナで出したおかげで、国債がまた増えて国が潰れるとかなんとか言われましたが、結果は何だったかといったら、確かに国債の残高が増えたけれども、結果的に史上最高の税収をどんどんどんどん更新して、財政はいい方向に向かっていますよ。 もちろん100兆円かけるといっても、いっぺんに新幹線を作ることはできません。やっぱり10~20年かかりますからね。しかし、10年20年かけてでもやっていったら間違いなく経済が良くなり、税収も増えて地域が活性化します。今までそういう当たり前のことができなかったのは、あまりにも国債を発行して、財政を、経済を良くするということが、あたかも借金を次の世代に残すことになるという間違った経済の理論がまかり通ってきたからです。そこを改めなければならないというのが一つ大きな問題点であると思いますね。
2024.11.23
代替ルートで国土強靭化 しかし、これにはかなり誤解もあります。まず北陸新幹線の目的は何かというと、京都・大阪のために、または北陸のためにあるのではないということ。その目的は、東京・大阪間は東海道新幹線でつながっていますが、その東海道新幹線が何かの事情で使えなくなった場合に備えて、もう一本の日本海側を廻るルート必用だからです。 この前、津波騒動もありましたけれども、台風が来たりして、太平洋側の新幹線が動けなくても、日本海側から廻れば行けるわけです。あるいは将来、大きな地震や富士山の噴火などによって、東海道新幹線が長期間にわたって、運行できないという事態が生じる可能性は大いにあります。で、その時に代替の北陸新幹線があると、時間はちょっとかかっても、確実に東京・大阪間の経済交流ができますからね。日本の経済力は落ちることはないですよ。ところが、もしそれがなかったら、復興するための経済力もなくなってしまうぐらい大打撃を受けますね。 そういうことにならないようにするために作るのが、北陸新幹線はじめ他の新幹線の意味なんですよ。要するに、太平洋側には新幹線はできたけれど、日本海側には新幹線ができていない。四国にもつながっていない。だからそういう、まぁ北海道もそうですけれど、北海道、いま角館までは行きましたけれども、そういう今までつながっていないところとつなげるのは、経済的な便益が増えるというだけじゃなくて、そもそも国土強靭化、それが大きな目的なんです。ということは地方の便益がどれだけあるとか、便益があるから地方も負担を、という論法で地方に負担を求めるのではなくて、国家政策、国策として、国土強靭化して、いついかなる事態が起きても、日本の経済、それぞれの都市のつながりを途切れさせない。そのためのものですから、負担は当然国が出すべきなんです。 ところが今までは東京につなぐ新幹線ばかりでした。これから先の新幹線は、北陸新幹線の敦賀から大阪までがそうだし、それから山陰新幹線とか四国新幹線とか、これは別に東京につながる新幹線じゃないですね。しかもその沿線というのはかなり過疎化してしまっている地域が多いですから、地元に負担を求めるといってもそれだけの財力はありませんよ。 そしてまた便益だけで言ったら、大した便益、BYC(費用対効果Benefit by Cost)が十分あるという数値も出てこない可能性があります。しかし、問題はそれでは財政力のないところとかBYCでいい数値が出てこないところには新幹線を引かない、国土強靭化の政策はしないということで見捨てることになってしまいます。そこのところを考えなければなりません。当然、見捨てることなんてできないでしょう。 もともとは、いま新幹線が通っていない北陸地方とか山陰地方など、日本の文化の発祥の地にあたるところはたくさんあります。特に昔は、例えば新潟なんかそうだけれど、お米どころですからね。いわゆる国民所得は、東京の人よりも多いぐらいだったんですよ。お米をたくさん作っているから、その生産量、それを金額に直していくとね。東京の場合、モノを作っていないので、消費するだけ。それを考えると、東京よりも新潟の方が、ある意味、生産力、経済力があるというぐらいの地域だったんですよ。
2024.11.22
地元負担より全額国費で 私は北陸新幹線の建設を熱心に提案しているんですが、北陸新幹線だけでなく、残っている10本すべての新幹線計画をやるべきだということを主張しているんです。 昭和48年に整備新幹線が閣議決定されたわけですが、それはまさに田中角栄総理大臣の時代の東海道線の延長線上にあるんですよね。つまり、東京一極集中ではなく、全国にあまねく新幹線のネットワークを作るというもので、私もそれには賛成でしたが、残念ながら田中角栄さんはその後、ロッキード事件などで失脚して、亡くなってしまいました。その後、バブルもあって国鉄が分割民営化され、新幹線を作るにしてもその主体は国や地方に移ってしまった。 昔の新幹線は国鉄が全部、カネを出していました。だから国民や地方の負担なしでもできた。鉄道の需要が大きかったからです。 もともと明治以来、日本の政府は何を整備してきたかというと、一番はまず鉄道でした。国道を整備するとか言う前に、日本中に鉄道網を敷く。だから物流は全部鉄道でまかなったわけです。その前の籠とか馬とか歩くことから鉄道となって全国に広まった。それは産業だけではなく、いわゆる国防上でも必要でした。西洋列強から攻められても軍隊を移動できるようにね。そんな狙いも込めていたから、軍事目的ももちろんあったわけです。だから鉄道網が全国に敷かれた。移動手段は鉄道しかないですから、みんな鉄道に乗り、鉄道は儲かったんです。 ところが戦後は道路、特に高速道路がどんどん整備されるようになってきますよね。そうすると、鉄道よりも道路の方が需要が伸びていった。鉄道は、実は昭和39年に新幹線ができたけれども、それからあと国鉄は赤字体質になっていくわけです。昭和48年の時はもう赤字なんです。で、昭和の終わりごろの61年か62年には赤字がたくさん溜まって、分割民営化ということになるんですね。その後残った新幹線の計画は、国鉄がなくなってしまったから、残ったJRから利用料というか、リース料をもらうことになった。そしてリース料を取った残りの金額を、国と地方が2対1で負担して作るという仕組みになっているんです。 そうすると、例えば北陸新幹線も東京から金沢までがつながって、便益が大変大きいことから、地元で負担してもいいからわが町にも作ってほしいというようになったわけです。だけど、関西圏の京都・大阪の人からみれば、もともとサンダーバードという特急が走っているから、別に新幹線がなくても北陸の方には行けますが、もちろん新幹線ができたら時間的に随分早く行けますよ。でもそのために地元負担がいるとなれば、本当に新幹線が必要なのか、と、関西圏、特に京都に住んでいる人たちから疑問の声が上がっているんです。
2024.11.21
※(写真は、総務省で配布された文書) 姑息!総務省がレクという名の〝説得工作〟 総務省によるレクを受けることは非難されることではない。総務省がレクをすることも然りである。11月4日に参議院議員会館のとある議員控室で受けたレクが少々衝撃的であった。総務省による「基礎控除75万円引上げにかかる粗々の減収額試算について」と題したレクである。国民民主党が公約とする所得税控除額を大幅に引上げる政策に関して地方自治体への影響について説明がなされた。総務省によると地方税の減収額は約4兆円と試算しているとのこと。現行制度の基礎控除(地方分43万円)の下での減収額は2.5兆円程度と試算されており、これを単純に基礎控除1万円当たりにすると550億円程度となるため、試算式は基礎控除1万円当たりの減収額550億円×75=約4兆円となる。国分と地方分を同様に計算してどちらも約4兆円の減収が見込まれるらしい。 聞くところによると財務省も同じ資料を利用しているという。まったく驚かされる。減税するのだから税収が減るのは当然のことである。パートやアルバイトをしている国民全員が上限額まで働く可能性は低い。仮に4兆円の減税だとしても国民に渡る4兆円が全額が預金に回るとは考えにくい。消費や賃上げに回った後に時間をおいて税収となって跳ね返ることは自明。4兆円が永久に消滅することはない。 高級官僚がそのようなことを勘違いすることは絶対にない。とすれば悪意を持って作成され、意図をもって説明されているのではないか。国民民主党玉木雄一郎代表は「国や総務省が一生懸命、工作するのはやめてもらいたい。具体的な資料までもらっている。ある知事からこんなことをやっていると教えてもらった」と述べた。国民民主党出身の現職知事もいる。玉木氏が不用意にした発言とは思われない。 私が総務官僚にした質問「総務省は控除額を引上げる政策に反対するように知事会などに働きかけを行ったのかどうか」に対して衝撃的な回答をした。 「そのような働きかけは行っていない。しかし、村上誠一郎総務大臣が個人的に連絡をしたりしていることに関しては承知していない」 なかやまきんに君も聞いてびっくり。「しているのか、していないのか、どっちなんだい!」村上誠一郎氏は公人中の公人である。村上誠一郎総務大臣であろうと村上誠一郎氏個人であろうと分け隔てるべきではない。村上大臣が個人で説得工作を行おうと総務省による働きかけに他ならない。 こういった幼稚な工作は国民民主党玉木雄一郎代表のギアが益々上げる結果になるだろう。11月14日に時事通信が発表した政党支持率調査では玉木氏の不倫問題が発覚したにも関わらず国民民主党の支持率が4.3ポイントも前月より上がり5.5%となっている。衆院選のボーナス期間が続いている間にスキャンダルや妨害に屈せず国民民主党には公約達成を成し遂げて頂きたい。 (世良 直)
2024.11.17
ODA(政府開発援助)事業における日本の国際的な信頼が揺らいでいる。事業の日本側の実施機関であるJICA(国際協力機構)の男性職員が、フィリピンの鉄道改修業務の見積額など秘密情報を東京都内の建設コンサルティング会社に漏えいしていたことが発覚したためだ。「みなし公務員」であるJICA職員は公務員としての守秘義務に加え、国際協力機構法でも罰則付きの守秘義務が課され、入札情報の保秘徹底が厳守されるべきなのは言うまでもない。ただ、前代未聞の不祥事にもかかわらず、JICAはこの職員を停職1か月の懲戒処分にしただけの「とかげの尻尾切り」で事態を終焉させようとした。関係者からは組織的なコンプライアンス意識の低さを批判する声が上がっている。 ▼後手の対応に外務省も怒り 日本が発展途上国を支援するODAに参入してちょうど70年目。今回の職員による情報漏えいは、長年にわたり日本が築いてきた歴史に泥をぬるともいえる大問題だ。だが、JICAは当初、職員の懲戒処分については7月8日に「調達手続きに関する秘密情報を漏えいした」とホームページ上で短く公表したのみ。「ODA」の単語にすら言及せず、普段からJICAを取材する機会がある外務省記者クラブへの周知も行わなかった。 事態が急変したのは10月中旬。読売新聞が10月14日朝刊1面トップで「JICA情報漏えい疑い 比ODA 入札参加企業に 職員を懲戒処分」とスクープしたのがきっかけだった。報道で国際的な不祥事が公になり、内閣官房副長官が定例記者会見で説明に追われる事態に発展した。11月になってからは、JICAが元検事長の弁護士を委員長とする外部有識者らによる検証委員会をたちあげた。 あるJICA関係者によると、今回の問題は不祥事を調査する部門のほかにはごく一部の役員らにしか知らされていなかったため、多くが読売新聞の報道で把握したという。読売新聞は「(JICAは)円借款の相手国や対象事業などは現在まで明らかにしていない」と報じており、報道機関に不祥事を突き付けられながらも、何とか詳細を伏せようとするJICAの「隠蔽体質」が垣間見える。 外務省関係者は「読売の報道が出た後にフィリピンのODA事業だと認め、当初は想定していなかった検証委員会を発足させるなど、全ての対応が後手になり、組織として恥ずかしい」と呆れるばかりだ。 今回の情報漏えいが判明したのは、日本と約381億円の円借款(有償資金協力)契約を結び、フィリピン政府が発注したマニラ首都圏の都市鉄道改修事業のうち施工管理業務について。職員は2018年5月頃、施工管理業務の入札参加が見込まれていた東京都内のコンサル会社の社員に対し、JICAが現地調査などで算出した見積額や、比政府が作成した業務内容などを複数回にわたりメールで漏えいしたとされる。 途上国のODAでは、JICAが算出した事業の見積額を参考に相手国政府が入札予定価格を決めるため、前出の外務省関係者は「見積額=入札予定価格といっても差し支えはなく、今回の漏えいは、実質的に官製談合のようなもので悪質だ」と憤る。 ▼検証委 生半可な調査許されず 職員はJICAに対し、漏えいした動機については「入札不調などで事業が停滞するのを恐れ、受注企業を事前に確保する狙いがあった」と説明しており、日本企業側から金銭の授受は確認されなかったという。事業の見積額という重要な入札情報を秘密裏につかみ、実際にJV(共同企業体)として事業を受注した東京都内のコンサルタント会社の責任も本来は見逃せない。日本の巨額の税金が投入されているODA事業に参画するからには、企業としての説明責任を果たすべきだろう。 職員の懲戒処分からちょうど4か月後の11月8日に急きょ発足した検証委員会。JICAは「問題を再検証し、再発防止策を検討する」としているが、検証委がどこまで調査範囲を広げるのかは不透明なままだ。処分された職員にとどまらず、上司らの責任など組織的な問題に切り込み、フィリピン以外の国のODA事業も含めた幅広い調査が求められる。職員による情報漏えいと、不祥事情報の「隠蔽」で失った信頼を回復するには、生半可な対応では許されない。
元県民局長の死は斎藤元知事の処分が原因か、 それとも立花氏が言う女性職員との情事の発覚を恐れたのか。 (※写真は 斎藤元彦HPより引用) 立花孝志氏による元県民局長の女性職員とのスキャンダルの暴露によって恰も隠されてきた真実が明るみに出た正解の如くSNS上では急速に伝播されていく。同時にそのことを知りうる立場にありながら隠してきた人物として百条委員会の奥谷謙一委員長がつるし上げられている。立花氏は奥谷委員長の事務所兼自宅に多くの支持者を集めて街宣行動を起こす。(立花氏は兵庫県知事選に立候補しており選挙運動の一環としての扱い)立花氏は住宅街で行った演説で片山元副知事らから渡された資料や音声を元に真実を隠す不届き者として奥谷委員長を糾弾した。「おい、出てこい」と恫喝しインターホンを押す。当然、尾小谷委員長は出てこない。この場では真実を隠す奥谷委員長は悪、スキャンダルを暴き暴露した立花氏が正義という構図である。聴衆が立花氏の行為を止めたり咎めることはない。 兵庫県知事選が始まって数日、立花氏による暴露はネットを通じて浸透をはじめ、一定の納得と共感を得るに至る。そうした矢先に産経新聞のひとつの報道が局面を変える。産経新聞の報道では、立花氏が演説で片山元知事と会ったり、情報提供を受けているということを繰り返し発言していたが、片山元知事が弁護士を通じて立花氏とは面識もなく、演説内で立花氏が発言しているような関係にはないということを通知してきたと報じた。それを知った立花氏は片山元知事と面識がなかったことを認めて自身の虚偽をネット動画で詫びた。このことによって立花氏の発言の信憑性が揺らぐ中、新たな情報が出回り始める。 県は公用パソコンだけでなくUSBメモリーも押収していた 県が元県民局長から押収した公用パソコンの中に立花氏が言う県女性職員と元県民局長とのスキャンダルが収められていたのでなく、公用パソコンと一緒に押収したUSBメモリーに収められていたという情報である。パソコンは公用だとしても押収したUSBは私物である可能性が高い。USBが私物だとすると押収することも勝手に中身の内容を確認することも本来は許されない。だが、USBに収められている内容は把握されているであろう。しかし、県人事課も知事も県会議員も百条委員会もUSBの存在やそこに収められた内容に関して触れようにも触れられない。収められている内容どころか押収したUSBの存在にすら触れることは無い。マスコミも同様にUSBに関わる報道は一切しない。では、USBとUSBに収められている内容を知っている人たちはどのようにしようとしていたのか。それは、USBには触れず、USBから知り得た情報を公用パソコンから知ったかのように装おうとしたのではないか。元県民局長が作成した告発文も女性職員とのスキャンダルも全て公用パソコンにあった情報だということにしようとしたのではないかと推察する。たとえ公用パソコンにあった情報といえども女性職員とのスキャンダルは元県民局長の個人的なプライバシーにかかわることである。奥谷委員長は元県民局長のプライバシーの侵害にあたることから片山元副知事の暴露を強制的に制止したに過ぎない。いずれにせよ、奥谷委員長も片山元副知事も押収したUSBの存在を知りながらも公開するかしないかで口論になっていたに違いない。内容を公開すると立花氏が唱えるスキャンダルが公になることを苦に元県民局長が自殺した説が有力になる可能性が高い。スキャンダルが公にならなければ斎藤元知事による処分に抗議する意味で死を選んだという説に説得力がある。 立花氏が登場し隠されてきた県女性職員とのスキャンダルが暴露されたことで元県民局長の死が持つ意味が180度変わった。斎藤元知事に対する抗議ではなく自身のスキャンダルからの逃避が原因だとされるようになる。 驚愕の元県民局長が死の真相とは 亡くなった県民局長が百条委員会の開催前に弁護士に頼んでまで公用パソコンの公開を阻もうとしたのは公用パソコンに不倫に関することや破廉恥な画像が収められていたからではない。 長く続いた井戸県政の下で献身的に職務に打ち込んできた元県民局長の人望は厚く多くの職員から頼りにされる存在となっていた。自民党と維新の会の両方からの推薦を受けて当選した斎藤元彦知事に県政が継承されたものの、維新流の身を切る改革などに少なからず職員の反発はあったものと思われる。県議会も同様に議員定数の削減や報酬の減額が行われるのではないかと懸念が膨らんでいたものと察する。そうした状況下、信頼が厚かった元県民局長に反斎藤知事派の職員や県議会議員から寄せられた相談や情報共有が徐々に増えていったのではないだろうか。元県民局長自身も斎藤県政には否定的な考えを持つようになり、やがて斎藤知事に対し否定的な職員たちの取りまとめ役のような存在になっていたのではないか。元県民局長はそのような立場にありつつも定年退職が迫っており、何も行動を起こさずにしれっと退職することに後ろめたさを感じたことから、定年退職前に誰も巻き込まず一人で告発文を各所に撒くことで問題提起をし、一石を投じる行動に出た。その行為は思いのほか話題となり、犯人探しが早々に始まってしまった。そして、定年の期日間際で処分が為されてしまう。そして、公用パソコンとUSBが押収されて自身の行為が特定された。その後、元県民局長の死に繋がっていくのだが、運命を分けたのは公用パソコンなのか、それともUSBなのか。 元県民局長が何よりも耐え難かったのは公用パソコンを押収されたことによって彼を慕い信頼していた多くの職員たちが斎藤知事派の上層部に特定されてしまうことだったのではないか。公用パソコンに残るデータから特定される多くの職員たちの不利益と将来を思うと居たたまれなくなるのは想像に難くない。自分に関わったことで多くの後輩たちが悪者にされるのではないか、場合によっては処分の対象にされるのではないかと危惧することは当然の因果だ。元県民局長の自死は同士に対する「告解」であり、斎藤県政への「抗告」であったのだろう。そして、元県民局長のパソコンデータに記されていたとされる「クーデター」や「革命」なる表現も実は県民局長が使った言葉ではなく、県民局長に寄せられたメールなどに書かれていた言葉だったのかもしれない。元県民局長は自分のプライバシーを守ることよりも自分と繋がる同志たちのプライバシーと未来を守りたかったのかもしれない。だとするとあなたは「武士の情け」をかけるか、「情けはひとのためならず」とするか、因果応報とするか、如何にあらん。兵庫県知事選挙の投票日は10月17日である。
2024.11.16
昨日に引き続き兵庫県政のすべてを知る人物の特別寄稿である。(※写真は斎藤元彦氏HPより引用) 立花孝志氏が斎藤元知事を擁護するために出馬 3月12日に元県民局長から配布された告発文を斎藤知事が把握したのは3月20日。片山副知事らと協議し25日から元県民局長らを事情聴取し公用パソコンを押収している。告発文を受け取った警察は匿名であったことから公益通報ではなく情報提供として扱っている。斎藤知事は元県民局長が噂話を集めて作成したものだと供述したと説明した。元県民局長は定年退職の4日前となる3月27日に役職を解かれ退職を保留扱いとなった。この時、斎藤知事は元県民局長の告発文を嘘八百だと非難している。4月1日に元県民局長が反論文をマスコミに配布。4日に公益通報窓口に通報する。5月7日には県が正式に定職3か月の懲戒処分を言い渡す。7月7日、元県民局長が自殺。7月12日片山副知事が辞職。8月30日、知事が県議会の百条委員会に初出席する。元県民局長の処分は正当であったことを主張。9月6日、百条委員会に知事が2度目の出席。9月19日、県議会で知事の不信任案が全会一致で可決。9月26日、斎藤知事が失職を選択し、再選を目指して知事選に立候補すること表明した。 さて、この間、百条委員会での調査は引き続き行われている。百条委員会での調査結果の取りまとめが公表される予定は12月とされておりまだ時間を要する。百条委員会は裁判所ではないので判決を下せるわけではない。あくまで調査機関であるが出頭しなかったり、求められた資料の提出を拒んだり、虚偽の発言を行えば罰則規定がある。調査権の実効性が担保されることで調査結果の信憑性は高まる。問題発覚当初、人事部職員は第三者委員会を設置して調査することを知事に提案したが、結果が出るまで時間がかかることを懸念した知事は独自の調査結果で処分を急いだ。結局、第三者委員会は9月中旬に設置されて百条委員会と並行して調査を行っている。 告発文は公益通報とされず 斎藤知事には告発文の取扱いについても疑義が生じている。人事当局が「懲戒処分は公益通報に基づく調査結果を待たなければならない」との見解を示したにも関わらず斎藤知事が同年4月中旬に早期の処分を検討するよう指示したことを職員が百条委員会で証言している。4月4日には元県民局長より公益通報窓口に3月12日の告発文と同一内容のものかどうかは守秘義務があることから不明であるが公益通報の書面が提出され受理されている。知事が公益通報による調査を軽んじたことは落ち度であったと言わざるを得ない。斎藤知事は百条委員会で「告発というより誹謗中傷性の高い文書だと思った。作成した人を特定し、聴取するのは問題ない」と主張した。しかし、3月12日に配布された告発文が明らかなデマというには拙速すぎる判断なのではないだろうか。パワハラはパワハラを受けた者の主観も判断材料となることから、パワハラをしたと疑われる斎藤知事が独自にデマだと言い切ることはできない。たかだか車を降りて20メートルを歩かされただけで「強い言葉で叱責した」ことは知事自身が認めて証言している。それを直接目撃した者が「車を降りて大声で怒鳴っていた」のを直接見たとアンケートに回答している。怒鳴りつけているのを直接見たという回答は一人ではなく複数人が同様の回答をしている。パワハラは行為を仕向けた本人が有無を判断することはその性質上できない。8月30日には百条委員会で知事によるパワハラ被害を訴える者が証言している。阪神優勝パレードの資金を募る金融機関からの寄付と補助金のキックバックがセットなのではないかという疑惑も客観的に事象を考察すれば黒だと判断するのが妥当だろう。しかし、それでは単なる状況判断に過ぎず完全な立証とはならない。金融機関は軒並み疑惑を否定するが、そこに含まれる金融機関の幹部が証言し、証拠としてメールやLINEのやりとりなどをマスコミに明かしている。市民団体から刑事告訴を受けた警察においても捜査が進んでいる状況であることから斎藤知事はこの一件を間違いなくデマであったとは断言できないはずだ。斎藤知事が選挙前に事前運動を行っていた件に関してもアンケート調査の回答に具体的に当事者として経験した者の証言が寄せられている。知事が大阪府主計課長だった時に兵庫県の施設で職員を集めて演説を聞かされたという証言である。17名もの当事者の回答があることからデマだと決めつけることはできない。よって、元県民局長が配布した告発文に真実である可能性が残る事項が記載されていたことは間違いない。斎藤知事が処分を4月中旬に急いで下したことは拙速すぎたかもしれない。 7月7日に元県民局長が自殺したことで事態は急変する。県民局長の自殺の原因が斎藤知事による告発文の究明と拙速に下した処分にあるのではとマスコミが追及する。世論もマスコミの追及に誘引され斎藤知事に対して否定的となる。当初、告発内容が虚偽であるとされて懲戒処分の対象とされたことに対する抗議として自殺したものと報じられた。言い換えれば、斎藤知事が元県民局長の告発をデマと決めつけ一方的に断罪し、告発者を死に追い詰めたように受け取れる。「死をもって不正を暴く、死をもって抗議する」という行為はあまりにセンセーショナルな出来事で瞬く間に斎藤知事は自身の保身の為に告発文をデマだと嘯き元県民局長を死に追いやった不逞な知事だというレッテルが貼られた。片山副知事の百条委員会での発言からも知事が元県民局長の処分を急いだことは事実だと証言している。テレビや新聞などあらゆるメディアが、知事が内部告発者を死に追いやったという構図で報道した。百条委員会も斎藤知事を悪と決めつけて追及を行っていることが明らかな状態であった。県民局長の死は斎藤知事を奈落の底に突き落とすだけの反撃力を持った。 だが10月中頃になるとその風潮は徐々に変化を見せる。兵庫県で長期政権を敷いた井戸県政に対して改革を進めてきた斎藤知事への抵抗勢力が仕掛けたトラップなのではないかという噂が徐々に広がり始める。港湾利権を是正しようとしたとか、天下りを削減するために採用期間を短縮したとか、県議会定数を減らそうとしたとか、県議会報酬を減額しようとしたとか、そういった話がSNS上で広がりを見せだした。斎藤知事は既得権者や抵抗勢力からトラップを仕掛けられ、多くのデマが撒かれて県政の転覆を狙われたのではないかと言われだした。斎藤知事を肯定する県民も一定数みられるようになったものの斎藤知事に対して否定的な県民が未だ圧倒している状況にあった。 立花孝志氏による元県民局長のプライバシーの暴露 兵庫県知事選が告示される直前になって立候補を唐突に表明した立花孝志氏によって空気が一変する。守勢に回っていた斎藤元知事を擁護する主張を立花孝志氏が展開する。告示日以降、立花氏の主張は勢いを増す。斎藤元知事の悪玉論が影を潜めるように目立たなくなっていく。とはいえ、斎藤元知事を批判する声が無くなったわけでない。立花氏のアグレッシブな斎藤元知事擁護論が立花氏の持つ発信力の強さも相まって目立つようになった。東京からやってきた立花氏は当選を目指して立候補したのではない。斎藤元知事の告発文は県政の転覆を狙う勢力によって仕込まれた悪玉ストーリーだと思ったからである。斎藤県政を良く思わない勢力が県政奪取を目論んで起こしたクーデターなのではないかと匂ったからだ。 立花氏の具体的な主張は、告発文に完全なデマであり、文書を作成した元県民局長は斎藤知事を名誉毀損するという罪を犯している、県からの懲戒処分を下された後に自殺したのは調査の為に県に押収された公用パソコンに不倫を裏付ける証拠やデータが残っていることを苦にして自殺した、元県民局長は人事部などを歴任しており、立場を利用して10年で10人もの女性と不倫している(後に不同意性交の疑いに言い換え)、3月12日の文章は完全なデマであるから公益通報にあたらないどころか名誉棄損する文章である、よって、元県民局長は犯罪者である、しかも、多くの女性と不同意性交を犯した疑いもある、S氏は元県民局長の問題発覚後にすぐに退職していることから不倫関係にあったことは明らかだ、元県民局長の公用パソコンには不倫した女性との卑猥な画像が収められている、これらのことが発覚するのを苦にして県民局長は自殺したのであって斎藤元知事とは関係のない、斎藤元知事はデマを撒かれ名誉を棄損された被害者である、というものである。そして、立花氏は知事選挙直前に非公開で行われた百条委員会の音声データを入手し、その音声を街頭やSNS上で公開する。公開された音声には片山元副知事が元県民局長の公用パソコンに不倫日記が残されていたことを話そうとすると委員長である奥谷謙一県議会議員が阻止していることがわかるくだりが収められていた。おそらく片山元副知事が言いたかったのは元県民局長が自殺したのは県の犯人探しや懲戒処分によってではなく不倫問題(のちに不同意性交)の発覚を苦にしたものだということ。立花氏は元県民局長の不倫の発覚を阻止した奥谷委員長らが斎藤知事を知事の座から追い落とし県政を転覆させようとしているのだと糾弾した。立花氏は奥谷委員長だけではなく緑の党の丸尾まき氏や県民連合の竹内英明氏の名前も出して改革を進める斎藤県政に対する既得権者によるクーデター事件だと主張している。立花氏のストーリーを聞くと辻褄がある程度あうことから尤もらしい。元県民局長が不貞行為に及んでいたことも百条委員会から流出した音声を聞くと確かに否定しがたい。だからと言って元県民局長が撒いた告発文に記載された7つの疑惑がすべてデマだと断定することには至らない。つまり、どちらの主張にも妥当性がある。 これまでのいざこざが斎藤知事グループと反知事派の派閥争いだとすれば、結局、知事選の投票結果を待つしかない。だが、その結果と問題の解決とは別問題。選挙によって一応の決着が着いたかのように見せかけるだけで派閥争い恐らく今後も続く。 現状を俯瞰すると、テレビや新聞は斎藤元知事に否定的、SNS上では斎藤元知事擁護派とアンチが5分5分といったところのようだ。なかんずく危惧するのは選挙と言うモラルハザードのお陰で事を過激化しすぎて選挙運動が刑事事件に発展してしまわないかということ。斎藤県政否定派も擁護派もアジテーションを煽っている状態。「過ぎたるは猶及ばざるが如し」という。やり過ぎもやり損ないも良くない。
2024.11.15








