政治•経済
(写真 北朝鮮軍 BBCニュースより引用) あまりにも貧弱な北朝鮮によるウクライナ派兵 1月29日、ウクライナの特殊作戦軍(SOF)は、朝日新聞の取材に応え、ロシア南西部クルスク州に派遣されている北朝鮮兵の一部が前線から撤退したことを明らかにした。北朝鮮兵の損耗は激しいとされている。 すでに韓国の情報機関・国家情報院は、1万2000人と推定されるロシアに派兵された北朝鮮の兵士のうち300人が死亡、2700人が負傷したとの見方を国会情報委員会に報告しているが、派兵兵士は当初一部で報告された北朝鮮の最精鋭部隊とされる「特殊作戦軍」いわゆる暴風軍団ではなく、「経験の浅い新兵」ではないかと言われ始めた。 「ウクライナ保安局が1月11日、ロシア西部クルスク州で捕虜にした2人の兵士は、新兵と新米の将校でした。北朝鮮の兵士は味方を誤射したり、ドローン戦にまったく対応できていない。暴風軍団の実力は、フィクションだが、韓国映画『シュリ』や『シルミド』を見れば、その精神力がケタ外れであることがわかります。兵を小出しにするのは戦術の原則からも外れています」(軍事ライター) 北朝鮮の金正恩体制にとってウクライナ派兵は体制崩壊の第一歩になるかもしれない。
2025.01.31
(写真 ライオンHPより引用 家庭用高評石鹸の広告) 海老名弾正牧師の「序」④ いまも日本の経済界に多大な影響力を持つ成功者たちとして知られる古河財閥の創始者・古河市兵衛は、明治期を代表する実業家だが、足尾銅山鉱毒事件の当事者でもある。大倉財閥の創設者・大倉喜八郎は、そもそも武器商人として成功した実業家である。相場師にして、衆議院議員にもなった平沼専蔵は、当時から「大悪党」の異名の持ち主である。そして、安田財閥の祖・安田善次郎は右翼・神州義団団長に刺殺されている。 海老名弾正牧師が、彼らの名を上げて、その対極にある人物として「ライオン」創業者の小林富次郎翁の名を上げているのは、同じ実業家である『小林富次郎伝』の「序」であることを思うと、ずいぶん過激な記述である。だが、彼の指摘が嘘ではないこともまた、その伝記を読めばよくわかる。
2025.01.23
(写真 ライオンHPより引用 ライオン子供歯磨) 海老名弾正牧師の「序」③ 「能ある鷹は爪を隠す」とことわざにはある。常人の知らざるところに見えない能力があり、この能力があればこそ、強健の身体と該博の知識と巨万の富を持つ人にも負けない、真の幸福の生涯を送ることが可能になる。 私は小林富次郎翁に、その実例を見る。世間は小林氏は巨万の富を作りたる成功の人だと思っている。私の見るところは、これとはまったく異なる。小林氏は巨万の富を築いた古河市兵衛でも、大倉喜八郎でも、平沼専蔵でも、安田善次郎でもない。その事業を実施するに当たっては、しばしばその資金繰りに行き詰まり、辛うじてその難関を通り抜けてきた人である。彼はもちろん失敗者ではないが、単なる成功者というべきでもない。彼のように財産を築き上げた者は、世間にはいくらでもいる。とはいえ、彼が多くの成功者と異なるのは、そのわずかな富をもって、巨万の富をかち得た古河、大倉、平沼、安田等の富豪を凌ぐ公共的慈善事業をなしていることである。世間にこれらの大富豪を徳の人とするよりも、小林氏を徳の人とするものが多いのは、なぜなのか。小林氏には天から来る霊力・霊能の自覚があるからである。
2025.01.22
(写真 ライオンHPより引用 製品カタログ) 海老名弾正牧師の「序」② 誰か身体の強健であることを、一生の幸福としないものがいるだろうか。誰が該博なる知識の蓄積を望まないだろうか。巨万の富、利益を望まないだろうか。 これらはみな人の求めて止まない、もっとも大きな財宝である。身体の強健と該博の知識、巨万の富を欲するのは、人情の常である。しかも、これらを兼ね備えることの、いかに困難かは人のよく知るところでもある。身体の強健であるとともに、富豪たることは実に稀である。巨万の富を蓄える者、必ずしも博識の人ではない。富と博識を兼ね備えたとしても、健康でなければ、幸福な人生を全うすることはできない。だが、これらを得られなければ、絶望の淵に落ちるしかないのだろうか。私の実体験では、人生とはこのように単純なものではない。身体の壮健と該博の知識、巨万の富は人生のすべてではない。ある人、小林富次郎翁に向かって曰く「人はパンのみにて生きるにあらず」との聖書の言葉など、まったく理解しがたいと。小林氏、答えて曰く。「もし人がパンのみにて生きるものならば、それは由々しき一大事であり、人生は呪うべきものとなって、これほど人にとっての不幸はない、と。(つづく)
2025.01.21
就職活動中の学生らが社会人から性的嫌がらせを受ける「就活セクハラ」が深刻化している。厚生労働省は企業に防止対策を義務づける方針を固めており、今年の通常国会で男女雇用機会均等法の改正を目指すが、大手企業の職員が逮捕されるケースも後を絶たず、抜本的な対策強化が必至だ。 職場におけるセクハラを巡っては、同法に基づき、防止措置を実施することが以前から企業に義務化されているが、雇用関係にない就活生は対象外となっている。だが、厚労省の昨年の調査では、インターンシップ中に受け入れ先の社員らからセクハラを受けた就活生の割合は30・1%と高水準に上り、被害が相次ぐ実態が浮かんだ。 被害の内容としては、「性的な冗談やからかい」「デートへの執拗な誘い」が目立ち、セクハラによって受けた影響については、「眠れなくなった」「就活への意欲の減退」などが挙げられた。 ▼逮捕者後を絶たず 近年は、「就職の相談に乗る」と言ってインターンシップ中や就職活動中の女子大学生を誘い、わいせつ行為に及んだ大手企業の社員が逮捕されるケースも相次いでおり、今年になってからも大手メーカーNECの社員が逮捕される事件も起きた。 厚労省はこれまで、同法に基づく指針を定め、企業に就活セクハラ対策を求めてきたが、学生らの保護が不十分だとして、各大学などから国へ対策強化を求める声が強まっていた。このため同省は今後、就活生を従業員に準ずる存在と位置付け、面談時のルール策定や相談窓口の設置などを企業に義務化したい考えだ。 具体的には、OB・OG訪問時の場所や時間などについてのルールを事前に設定することや、相談窓口を整備して就活生に周知することなどを企業に求める方針。厚労省はすでにこうした内容を盛り込んだ男女雇用機会均等法の改正方針について、昨年12月の労働政策審議会(厚労相の諮問機関)で示し、了承を得た。今国会に同法改正案を提出し、早期の法改正による対策強化を図る。 立場の弱い就活生に対するセクハラは言語道断で、社員が逮捕される事態にまで発展すれば、企業の社会的信用が一気に下がるのは言うまでもない。企業は恥ずかしい「わいせつ社員」を出さないよう、社内研修の強化など防止措置を講じる必要がある。
働き手の精神的安定を図ることが企業の重要な責務となっている。労働者の心理的負担を検査する「ストレスチェック」について、厚生労働省は全ての会社に実施を義務づける方針を固めた。ストレスチェックは現、は従業員50人以上の事業所に年1回の実施が義務づけられているが、厚労省は今年の通常国会で労働安全衛生法を改正し、義務化の対象を従業員50人未満の小規模事業所にも広げ、対策強化を図る考えだ。仕事上のストレスが原因で精神疾患を発症する人が増えている現状を踏まえた措置で、労働者のメンタル面の保護を強化し、生産性が高まることが期待されている。 ◆2015年から50人以上で義務化 ストレスチェックは、働き手の精神不調を防ぐため、2015年から従業員50人以上の事業所に年1回の実施が義務づけられている。仕事量や職場の人間関係、食欲などについて回答してもらい、ストレスの度合いを数値化する仕組みだ。指標によって「高ストレス」と判定された人は、医師との面接を勧められることになる。 国による調査では、受検者の7割以上が「有効だった」と回答するなど一定の成果を上げてきた一方で、近年は長時間労働などが原因で心の健康を崩す労働者は相次いでいる。2023年度にうつ病などの精神疾患を発症し、労災認定を受けた人は過去最多の883人に上った。 対策強化が急務となる中、労使の代表者や医師、大学教授らでつくる厚労省の有識者検討会が昨年に発足し、改善に向けた議論が進められてきた。議論を踏まえ、厚労省の事務局は昨年10月、義務化の対象を従業員50人未満の事業所にも広げる案を検討会に示し、了承を得た。 ◆300万人近い働き手のメンタルケアへ 厚労省は今後、今国会に改正労働安全衛生法案を提出し、早期の法改正を目指す。ただ、全企業に実施の義務付けとなると、零細企業にとっては業務負担の増加が危惧されることなどもあり、実際の義務化拡大は数年後になる見通しだ。 国の統計によると、従業員50人未満の事業所は全国に30万か所以上あり、その事業所で働く労働者は300万人に上る。義務化の拡大により、精神面をケアされる労働者が一気に増えることにはなるが、ストレスチェックの実施に伴う事務手続きが企業の負担になり、「ストレス」につながってしまっては、本末転倒だ。 国や自治体は、ストレスチェックの全事業所での実施に向け、マニュアルの充実化を図るなど、企業の取り組みをバックアップするきめ細やかな態勢整備を進めていくべきだ。
(写真 ライオンHPより引用 外国語も使ったカタログ) 海老名弾正牧師の「序」① もともとの『小林富次郎伝』初版の「序」は、明治44年、百十余年前に海老名弾正牧師が書いている。海老名弾正牧師と聞いても、キリスト者であればともかく、いまではほとんど知る人はいないと思われる。当時の彼がどのような人物だったのか。近年の宗教界に、相当する人物はいるのかと考えたときに、なかなか思い当たる人物はいない。 故人であれば、キリスト者ではないが「昭和の快僧」として知られた禅僧・朝比奈宗源師、あるいは陽明学者の安岡正篤氏が序文を書いたようなものだろうか。「序」の文章は、明治時代末の旧字体によるものであり、現代人にはあまりに格調が高過ぎて、解読するのに苦労する。以下、「序」を現代風に改めて、その全文を掲載(一部要約)する。文章の格調の高さが、創業者の価値を証明していることがよくわかるはずだ。その内容は創業者を題材に、サスティナビリティが企業社会にも求められる時代に、多くの人たちが聞くべき内容でもある。(つづく)
2025.01.20
(写真 ライオンHPより引用 牛乳石鹸の最初期の新聞広告) 「広告王」と称された創業者 小林富次郎は酒造業を営む小林家の次男として、埼玉県与野町(現在のさいたま市)に生まれた。4歳のときに、新潟の柿崎・直海浜に住む祖父母に預けられて、16歳まで育った。彼が新潟を「ふるさと」と称する由縁である。その後、生家にもどって家業を手伝った彼は、やがて石鹸、マッチの軸木などいくつもの事業を展開する中、何度も窮地に陥った後、1891年(明治24年)「小林富次郎商店」を開店した。 2年後には石鹸製造販売、5年後に歯磨き粉の製造販売を始めて、大成功を収めた。その経営の原点には、キリスト教との出会いによる社会奉仕活動があったことから「聖書を抱えた経営者」などと称されたわけである。日本の高度成長とともに、日本的経営が脚光を浴びた際、その良さをすべて明治期から実践してきたのが、ライオン創業者であった。創業時のライオンが、いかに独創的であったかは、次のようなチャレンジからもわかるはずだ。例えば、歯磨きの米国輸出も、近年流行ったメセナ(慈善事業)も、近江商人の「三方よし」なども、みな明治期に実践している。そんな典型的な例が商品を慈善事業に役立てる「慈善券付きライオン歯磨」の発売であろう。マーケティング的には、ベルマーク運動の先駆けのようなものだ。「広告王」と称された小林富次郎だけに、なかなかのアイデアマンで、日本初のCMソング、大相撲無料招待キャンペーンの実施など、様々なことを通して「広告は商品を育てる肥料である」ことを実践した。「愛の精神の実践」は今日に至る同社のDNAとなっているとのことだが、「ライオン」の親しみやすさ、事業を通して社会に奉仕する社会貢献活動の基礎となっている。 創業者の一連のアイデア及び事業は、現在の広告代理店「電通」の広告戦略を一社で展開している、そんな印象さえある。
2025.01.19
(写真 ライオンHPより引用 牛乳石鹸の商標写真) 創業者の「ふるさと」柿崎 「ライオン」の本社ロビーには、創業者を紹介するコーナーが設けられている。創業者の顕彰は、本来、企業「ライオン」の仕事だが、今回『小林富次郎伝』の翻訳・翻案を進めるのは、ライオンとの個人的な“縁”との思いからである。その意味では筆者なりの創業者へのオマージュ並びにライオンへのエールのようなものである。 そのライオンの創業者が「ふるさと」と語っていたのが、新潟県である。ところが、新潟出身の著名人を紹介した『新潟県が生んだ100人』(ふるさと人物小事典)など、一連の新潟関連書籍には、小林富次郎の名前はない。2016年に出版された小松隆二著『新潟が生んだ七人の思想家たち』(論創社)に、相馬御風、小川未明、大杉栄らとともに取り上げられている程度である。なぜ、新潟を「ふるさと」と称するライオン創業者を、新潟県並びに新潟のメディアが取り上げようとしないのか、いささか不思議な印象を受けたものだ。そんなモヤモヤがあって『小林富次郎伝』を手に取ったわけである。伝記は葬儀の様子が詳しく描かれている一方、遺体が火葬場に運ばれ葬式を終えた後、遺骨がどこに運ばれ、埋葬されたのかについては記されていない。以前、ライオン広報部(コーポレートコミュニケーションセンター)に問い合わせた際にも、創業者がどこに埋葬されたのか、いわゆるお墓については「把握していない」との回答があった。 創業者はクリスチャンであるが、小林家の菩提寺・柿崎の光徳寺には、死の前年に建立された「堅忍遺慶の碑」がある。「堅忍遺慶」は耐え忍んだ、その後に慶(よろこ)びが遺(のこ)るとの意味であり、創業者の人生を象徴する言葉とのことである。浄土真宗門徒として生まれ、クリスチャンとして葬儀を行った創業者が、死の一年前、小林家の菩提寺に、自らの人生を象徴する言葉を刻んだ石碑を建てたのは、どのような思いであったのか。光徳寺の篠原真住職の話では、小林家の先祖の墓には、創業者の遺骨は埋葬されていないという。とはいえ、毎年、創業者の命日にはライオン幹部がお墓参りにやって来るとのことである。
2025.01.18
(写真はライオンHPより引用 「ライオン最古のカタログ」) 「聖書」を抱いた企業人 新一万円札の肖像画は、日本の資本主義の父と言われる「渋沢栄一翁」になった。電子マネー化が進行する中での新札の発行、特に渋沢翁の登場は、マネー資本主義の限界が明確になっている現在、最後の一万円札になるとの予測もある。 渋沢翁の今日における価値は、「論語と算盤」という道徳と経済を両輪とする成功モデルを、明治期から推進・展開して、1000社以上の株式会社、社団・財団などの事業団体を誕生させていることだ。その渋沢栄一の「論語」の代わりに「聖書」をビジネス展開の指針としたのが、ライオン創業者の小林富次郎である。クリスチャンの彼は「算盤の聖者」とか「聖書を抱いた経営者」と言われた。 小林富次郎は幕末の風雲急を告げる1852年(嘉永5年)2月に生まれ、1910年(明治43年)12月に58歳で亡くなっている。死の1年後の1911年(明治44年)11月、創業者の遺徳を讃えるとともに、その精神を将来に伝えていくため、『小林富次郎伝』(初版)が当時のライオン歯磨株式会社から出版されている。さらに、創業者の生誕100年祭を執り行った1951年(昭和26年)には、その数々の業績を忍ぶとともに「ライオン」の将来の発展に資するものとして、また知己友人の座右に供えてもらおうと『小林富次郎伝』第三版(非売品)が出版された。筆者の手元にあるのは、同年4月に出版された第三版である。加藤直士著『小林富次郎伝』(初版)に、新たに中尾清太郎氏編集による「聖書日々実行訓」(後に改題して「先代の言葉」)を付録に加えて、出版されたものだ。当時の創業者が、いかに世間の注目を集めていたかは、カトリック青年会館で行われた盛大な葬儀の様子とともに、多くの人が見送る葬列を収めた映画フィルムが2011年、国の重要文化財になっていることでもわかる。とはいえ、歯磨き・洗剤・目薬等の企業「ライオン」を知らない日本人は、まずいないはずだが、創業者について知る人は少ない。ほとんど、忘れられた存在である。(つづく)
2025.01.17












