連載•小説 義昭に厳しく、既成勢力には大金を要求……信長の敵が増えていく
義昭に厳しく、既成勢力には大金を要求……信長の敵が増えていく
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2026/03/30

 義昭は自らの手で諸大名に御内書を出し、人事・仲裁・同盟調整を進めようとしたが、信長は当然、ノーだった。義昭の行動を縛る「五ヶ条条書」「十七ヶ条の異見書」を出し、御内書の発給に信長の了承を求める、勝手な工作の禁止などを求めた。

 

13代義輝の暗殺を当人の職務怠慢のせいにし、「農民が貴殿を『悪御所』と呼んでいる理由をよく考えよ」などなど、その文言は義昭の人格に対する批判に及ぶ辛辣な内容だった。

 

信長は足利幕府再興を理由に、畿内の様々な地場勢力から法外な矢銭(軍資金)を巻き上げようとした。永禄12年(1569年)2月、港湾の商業都市・尼崎に約3000を派遣して矢銭を課し、尼崎想中が巨費すると町中を焼き払った。

 

同じく泉州の交易都市・堺には2万貫(約2億円)を要求。豪商の自治組織・会合衆はこれを拒否し浪人たちを雇って戦に備えたものの、軍事的な後ろ盾だった三好三人衆が本國寺事件で再度信長に敗れ、その後6万の信長軍に包囲された堺は屈服。2万貫を支払っている。

 

矢銭5000貫は支払ったのに、交通の要所であることを理由に信長から立ち退きを迫られたのが浄土真宗(一向宗)の総本山・石山本願寺。トップの顕如がそれを突っぱね、本願寺と全国の一向一揆を相手取った11年戦争の契機となった。(つづく)

 

(西川修一)

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