連載•小説 SNSで拡散されるイジメ問題―加害者の公開は正義の鉄槌かプライバシーの侵害なのか
SNSで拡散されるイジメ問題―加害者の公開は正義の鉄槌かプライバシーの侵害なのか
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2026/01/24

 このところ中高生のいじめの話題が後を絶たない。かつて旭川いじめ凍死事件のときは、川に飛び込ませてケガをさせた段階でも学校警察は動かなかった。文春で取り上げたものの、いじめた生徒や先生、教頭、校長と反省しないまま、今にいたっている。2024年の小中高学生の自殺は529人であり、その中の多くはいじめが原因だ。

 こうしたいじめ問題で学校側や警察が動かない現実に対し、ネット上でいじめや暴行動画が拡散し、加害者の名前や住所、親の職場まで断定され、日常生活が送れない状況が出てきているという。

 SMSでいじめ撲滅委員会と称する「deathdolnote」

が設立された。このサイトにより、加害者の個人情報がさらされている。その結果、ユーチューバーの人たちが加害者宅を訪問し、動画を撮影。混乱を招くなどしている。こうしたこともあり、学校や教育委員会、警察が会見を開きいじめを認めるように変化した。しかし、ユーチューバーの執拗な撮影はいじめを解決することが目的なのか、再生数を稼ぐことが目的なのか、曖昧だ。

 一方通行の拡散で傷つくのは加害者だけではない。被害者や学校の生徒などにも影響が及ぶこともある。本来はいじめ問題は当事者同士で解決していくのが鉄則だ。外野の人間が増えれば増えるほど混乱を起こしていく可能性が高い。

 ではどのようにしていじめをなくしていったらいいのだろうか。さまざま意見があるだろうが、江戸時代の日本でこういう話がある。勝海舟が子供の頃、使用人の子供をいじめてケガをさせたことがあった。そうしたら親に「使用人の子供を殴るなんて卑怯だ。親が抗議することもできないではないか。武士の恥だ」と言われ、ボコボコに殴れたという。強い人間ほど弱い人間を守る責任がある。それがかつての日本の考え方であった。今の社会はGHQによる教育改革の結果、学校で心を育てる教育が失ってしまう。かつて日本にあった「弱きを助け強きを挫く」精神を復活させてもいい時代になったのではないだろうか。(早見慶子)

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