政治•経済 「最前線」と「安全地帯」の温度差:台湾有事で露呈する沖縄・八重山企業の孤独な戦い
「最前線」と「安全地帯」の温度差:台湾有事で露呈する沖縄・八重山企業の孤独な戦い
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2025/12/06

与那国島から台湾までの距離はわずか100キロ。天気が良ければ対岸の山並みさえ肉眼で確認できるこの国境の島々にとって、「台湾有事」は決して机上の空論でも、遠い海の向こうの出来事でもない。それは明日にも自らの生活と生命を破壊しうる、差し迫った現実的脅威である。しかし、この危機感の切実さは、日本本土の企業には驚くほど伝わっていない。台湾有事をめぐる企業対策において、最前線となる沖縄・八重山諸島と、東京や大阪といった本土の企業の間には、絶望的とも言える巨大な認識のギャップが横たわっている。

本土の企業にとっての台湾有事対策とは、主として経済的なリスクマネジメントを指すことが多い。彼らの関心事は、台湾からの半導体供給が途絶えることによる生産ラインの停止や、シーレーン封鎖による原材料価格の高騰、あるいは中国市場におけるビジネスの損失といった、いわばB/S(貸借対照表)やP/L(損益計算書)上のダメージをいかに最小化するかという点にある。そこでは「社員の命が物理的に危ない」という前提は希薄であり、あくまでビジネス継続計画(BCP)の一環として語られることが大半である。

対照的に、沖縄、特に石垣島や宮古島、与那国島を含む先島諸島の企業が直面しているのは、文字通りの生存競争である。彼らが策定を迫られているのは、事業の継続以前に、従業員とその家族、そして有事の際に島に滞在しているであろう数千、数万人の観光客をいかにして避難させるかという、極めて物理的かつ人道的な課題だ。ミサイル着弾や武力侵攻のリスクがある中で、飛行機も船も自衛隊や米軍の輸送に優先され、民間人の移動手段が絶たれる可能性が高い。その時、ホテルの従業員や地元の商店主たちは、限られた食料と水をどのように配分し、どこへ逃げ込めばよいのか。彼らの悩みは、株価の変動などではなく、シェルターの有無や備蓄食糧の日数といった、生々しい生存の問題なのである。

  八重山の企業が独自に進めている対策は、悲壮感すら漂う。ある地元企業では、通信インフラが遮断されることを想定し、高額な衛星電話を導入して本土との連絡手段を確保しようとしている。また、物流が数週間、あるいは数ヶ月止まることを見越して、倉庫に大量の米や缶詰、発電機の燃料を備蓄し始めている経営者もいる。しかし、一つの民間企業ができることには限界がある。どれほど備蓄をしても、従業員を島外へ脱出させるための船舶や航空機を自前で調達することは不可能であり、堅牢な地下シェルターを建設する資金力もない。結局のところ、国や自治体の避難計画に頼らざるを得ないが、その計画自体がいまだ具体性を欠いていることに、現地の経営者たちは強い苛立ちと不安を募らせている。

さらに問題を複雑にしているのは、沖縄特有の歴史的背景と心理的な葛藤だ。過度な準備や避難訓練を行うことは、戦争を呼び込むことにつながるのではないかという懸念や、観光客に無用な不安を与えて客足を遠のけてしまうのではないかというジレンマが、企業の動きを鈍らせる要因となっている。それでも、背に腹は代えられないとして、水面下でマニュアル作成を急ぐ企業が増えているのが実情だ。

日本本土の企業や国民は、この温度差を直視しなければならない。沖縄の企業が直面している危機は、単なる地方の問題ではなく、日本の安全保障の最前線で生じている構造的な歪みそのものである。彼らを「見捨てられた防波堤」にしないためには、本土側がこのギャップを理解し、国全体として、経済的支援のみならず、実効性のある国民保護の仕組みを早急に構築することが求められている。台湾有事が現実となった時、八重山の企業が抱える孤独な苦悩は、そのまま日本という国家の危機管理能力の欠如として跳ね返ってくることになるのだから。

(ジョワキン)

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