2025/11/30
戦災は忘れた頃にやってくるというが俺と藤原さんの大阪ロマンボーイズにも忘れた頃に一通の知らせが舞い込んだ。以前、楽器メーカーの音楽コンテストに応募するふりをして利用した音楽スタジオで録音した愚曲〝ブギウギトゥナイト″が地区予選を突破したという知らせだった。冗談は予選?よせと思ったが確かにそう書いてある。俺たちは場末のパブで歌っているのがちょうどよい。そんな立派な大会に出場するようなバンドではない。というか、藤原さんと俺しかいないのだからもはやバンドですらない。藤原さんもギターだし俺もギターだ。あまりに地味である。しかも、適当極まりない曲である〝ブギウギトゥナイト″である。曲名からしてダサい。グループ名もダサい。実物の俺たちもダサい。
この話を春待ち疲れバンド(ライブハウス)でライブをした時のMCで話していたら、その店の常連である近藤さん、通称こんちゃんが自分も出たいと言い出した。どこにも頭のおかしい奴が一人はいるものだと思ったが、こんちゃんの頭は俺らとは比べ物にならないくらい立派な頭脳の持ち主だった。こんちゃんは俺が住んでいたマンションの目の前、お向かいにある超おんぼろアパートに住んでいた。それは単なる奇遇であり、こんちゃんとはその時に春待ち疲れバンドで会ったのが最初である。こんちゃんは神戸大学の学生だった。つまり、俺たちと違って頭脳は明晰なのだろう、志向がちょっと変わっているだけで。ちなみに俺は神戸大学ではなく、そこから2駅離れたところにある甲南大学に在籍していた。神戸大学とは違いバブル経済当時の甲南大学は甲南遊園地とか甲南バンブーと呼ばれて馬鹿にされていたものだ。行ってみると実際にその通りなのだからしょうがない。
藤原さんと俺はこんちゃんの参加を歓迎した。理由は簡単、一人増えることで俺たちの馬鹿っぽい印象が薄れると思ったからだ。ついでに恥ずかしさも軽減されると思った。こんちゃんはギターもやれるがピアノもやれる。どちらの腕前も俺たちよりかは上なのだが、ギターが三人被るよりピアノを混ぜる方が音が賑わうということでこんちゃんはピアノ担当となった。その後、春待ち疲れバンドでのライブでブギウギトゥナイトをこんちゃんを迎えてやってみた。楽譜はないけどこんちゃんは完ぺきだった。絶対音感があるのだろう、どうにでもアレンジ可能な伴奏で、頼みもせんのにピアノソロまでぶっこんでくる。こんちゃんのお陰でへなちょこであったブギウギトゥナイトが大げさに言うと少しばかり憂歌団の演奏するブルースっぽく仕上がったように感じた。(つづく、坂本雅彦)
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