中国の「反スパイ法」は、2014年の施行以来、外国人への監視と拘束を強化し、国際社会に波紋を広げている。2023年7月の改正により、スパイ行為の定義が「国家の安全と利益に関わるデータ」にまで拡大され、曖昧な基準による運用の懸念が高まっている。この法律は、日本人だけでなく、韓国人、カナダ人、オーストラリア人、米国人など幅広い国の国民を対象に適用され、ビジネスや学術交流に深刻な影響を与えている。
2024年10月、中国外務省は50代の韓国人男性を反スパイ法違反で逮捕したと発表した。この男性は中韓双方の半導体関連企業に勤務経験があり、韓国側に情報を提供した疑いが持たれている。改正法施行後、韓国人として初の逮捕事例となり、中国が半導体技術の流出に神経を尖らせていることが背景にある。韓国の高い技術力を背景に、これまで中国は韓国人への適用に慎重だったが、今回の逮捕は両国間の経済関係に緊張をもたらしている。当局が具体的な違反内容を公表しないため、韓国企業や駐在員の間に不安が広がっている。
カナダ人に対する反スパイ法の適用は、2018年のマイケル・コブリグ氏とマイケル・スペーバー氏の拘束で国際的な注目を集めた。両氏は「国家安全を脅かす活動」に関与したとして約3年間、計1019日間にわたり拘束された。過酷な独房生活や長時間の尋問、心理的拷問に近い環境に置かれたこの事件は、カナダが中国の通信大手ファーウェイの幹部を逮捕したことへの報復と見られている。2021年に両氏は釈放されたが、カナダと中国の信頼関係は大きく損なわれた。この事例は、反スパイ法が外交的報復のツールとして用いられる可能性を示している。
オーストラリア人では、ジャーナリストや研究者が反スパイ法の影響を受けている。2020年、中国で活動していたオーストラリア人ジャーナリストがスパイ容疑で拘束され、国外退去を余儀なくされた。中国とオーストラリアの関係悪化が背景にあり、特に中国の国家安全保障に関する報道が当局の監視対象となっている。学術交流においても、オーストラリアの研究者が中国での調査活動中に一時拘束される例があり、自由な研究活動が制限されている。
米国人では、2018年に実業家が国家安全を脅かした疑いで拘束された事例が知られている。この人物は最終的に釈放されたが、詳細は非公開のままだった。米国のコンサルティング企業社員が企業調査中に拘束されるケースもあり、反スパイ法がビジネス活動に及ぼす影響が顕著だ。約100人の米国人が出国制限を受けているとの報告もあり、ジャーナリストやビジネス関係者が特に標的となっている。米国政府は透明な司法プロセスと早期解放を求めているが、進展は限定的である。
反スパイ法の曖昧な定義と広範な運用は、外国企業や個人の中国での活動に大きな心理的障壁を生んでいる。欧州企業関係者からは「中国への赴任希望者が減っている」との声が上がり、経済活動や学術交流の縮小が懸念される。日本でも、2025年7月にアステラス製薬の幹部が禁錮3年半の判決を受けた事例が報じられ、企業活動への影響が深刻化している。
中国政府は反スパイ法を「国家安全保障の維持」に必要と主張するが、具体的な違反内容の非公開や不透明な司法プロセスは、国際社会からの批判を招いている。各国政府は自国民の保護と解放を求めて交渉を続けるが、中国の強硬な姿勢により解決は容易ではない。外国人が中国で安全に活動するためには、軍事施設の撮影回避や情報収集の慎重な対応が求められるが、どこまでが「スパイ行為」に該当するのか不明確な現状では、リスクの完全な回避は困難だ。
中国の反スパイ法は、韓国人、カナダ人、オーストラリア人、米国人を含む多くの外国人を拘束し、国際的なビジネスや交流に冷や水を浴びせている。法の曖昧さと恣意的な運用は、国際社会との信頼関係を損なう要因となり、今後の外交・経済関係にさらなる緊張をもたらす可能性がある。各国は自国民の保護と透明な司法プロセスの確立を求め、国際協力を通じた対応策を模索する必要がある。