2024/11/02
ゲームは規制の対象
マンガやアニメ、ゲームほど叩かれ、規制の対象とされて来たものはないだろう。特に
性的な表現、いわゆるエロ描写に対しては、異常ともいえるほどだ。
平成二十二年(二〇一〇年)の『非実在青少年』はその最たるものだった。
──非実在青少年。
これは同年三月、東京都議会に提出された「青少年の健全育成に関する条例(通称:青少
年健全育成条例)」で用いられた造語である。
この都条例は、青少年の健全な育成にそぐわない書籍などを『有害図書』として指定、
規制するものだった。
背景には、当時問題になっていた援助交際、未成年モデルの水着やヌード写真集、ティ
ーン向け雑誌のSEX記事などがあった。
未成年を性的搾取や性被害から守るため、未成年モデルの際どい写真集を規制し、援助
交際=売春を誘発するような記事をティーン誌から排除する…ここまでは、まあ分かる。
しかし当時の東京都知事・石原慎太郎などの政治家達が、規制対象をマンガやアニメ、
ゲームにまで広げるべく改正した。
未成年に見える存在、そのヌードや下着姿、場合によっては水着までも、それが映って
いる媒体を規制しようというのである。
フィクションの未成年(に見える)キャラクター、これをして『非実在青少年』と称し
たのだ。実にとち狂ったパワーワードである。
当然ながら『非実在青少年』は失笑と反発をくらった。SNSでは「アニメのキャラと
結婚できるの?」などと揶揄された。
さすがにマズいと思ったのだろう。条例立案者である石原慎太郎氏は「非実在青少年な
んて、誰がどう解釈しても、幽霊の話かと思っちゃう」と発言し、分かりにくいと認めた
。そこでこの『非実在青少年』のワードは条例案から削除された。
だが結果としてこの条例案は拡大、暴走する。
同年十二月の条文で、規制対象は「刑罰法規に触れる性交および性交類似行為」と「近
親相姦を肯定的に描いた内容」に変更された。表現規制から、作品の内容やテーマ自体を
規制する内容規制へと変質したのだ。
「顔が幼く見えるから」「子供っぽい体型だから」という個人の主観。「肯定的に描い
ている」という個人の印象で、あらゆる表現物を規制できるシロモノになったのである。
これは憲法で保障された表現の自由に反する問題である。
マンガ関係者はじめとする猛反発が沸き起こった。
しかし石原氏はじめ推進派は意に介さなかった。
「児童を性被害から守る」という大義名分を掲げ、「日本のポルノ規制は、諸外国に比
べて甘い」「ポルノ規制がぬるいから日本は性犯罪が多い」「アメリカのように児童ポル
ノは所持そのものを違法とすべき」と、その必要性を説いた。
しかし、推進派が並べた規制すべき理由もエビデンスはなかった。
まず、ポルノ規制が厳しい国ほど性犯罪、性被害が多い。これははっきりとデータが出
ているが、表現起規制派は無視している。現在も、だ。
単純所持を違法とすることも問題があった。
この条例案だと「子どもの裸」が写っているものすべてが違法になるのだ。つまり自分
の子ども写真でも、それが裸だったら違法となる。子どもが裸になるシーンがあるアニメ
のDVDを持っていると罪になるのだ。
これがどれほどヤハいことか、想像してほしい。
『となりのトトロ』、『ドラえもん』、『クレヨンしんちゃん』のDVDが違法なブツ
になるのである。ジブリや東宝にあるマスターフィルムも違法である。問題の部分を切り
取って廃棄しろというのだろうか。もう『華氏451』か『1984年』の世界である。
更に、これを悪用して他人を陥れる危険もあった。何しろ持っているだけで罪に問われ
るのだ。実際アメリカでそうした事件は起きている。
児童買春を告発する民間団体からも懸念が上げられた。単純所持が違法になれば、告発
のための証拠映像までも違法になってしまうからだ。
最も大きな問題は、推進派たちは恣意的な運用、濫用を防ぐための方策をまるで用意し
ていないことだった。これでは権力を持っている側が、「気に食わない」と思えばいくら
でも規制できてしまう。青少年を守ること以外の、別の目的があると勘ぐられても不思議
はない。
これだけの問題、欠陥を指摘されても石原都知事たちは止まらなかった。意地になって
いたのか。あるいはそれほどに表現規制がしたかったのか。
新条例の成立
さすがに単純所持を違法にまでは踏み込まなかったが、この東京都青少年健全育成条例
の改正案は都議会本会議で可決され、条例は成立した。
一応、マンガ家や出版業界の反発を考慮して、「作品に表現した芸術性、社会性などの
趣旨をくみ取り、慎重に運用すること」などの付帯決議が付いたが。
この条例に反対して、主要な大手出版社で作る10社会が、東京都が主催する東京国際ア
ニメフェア2011にボイコットを表明、原作となるアニメ作品の制作会社にも同様に働きか
けることを告げた。
しかし石原都知事は「来るヤツだけで開催すればいい」と強気だった。
結果、この条例に反対する出版社、アニメ制作会社は、東京アニメフェアに対抗して、
同日、千葉でアニメコンテンツエキスポを開催することとなった。
しかしこの二つのアニメフェスは開催されなかった。
東日本大震災とそれに伴う電力不足により中止となったのである。
開催されていれば、石原都知事の面目をつぶし、表現規制派への一撃となったかもしれ
ないと思うと残念である。
この一連の騒動はメディアの扱いは小さかった。
「たかがマンガ」「しょせんエロコンテンツ」という頭があったのだろう。エロ表現の
規制に反対することでバッシングされることを恐れたのかも知れない。
中には擁護に回ったメディアさえあった。
マンガ家たちによる条例反対会見で、読売新聞の記者から「出版業界の自主規制が不十
分だ」「不健全図書に指定されても区分陳列をするだけで、表現規制ではない」との声が
飛んだ。
提灯記事を書けば、都政の情報を優先的に流してもらいやすいからなのだろう…と、条
例に反対していた都議は言ったとか。
あれから十数年。この都条例のような愚かな条例、危険な法案は提出され続けている。
香川県の「ゲームは一日一時間」条例。埼玉県の「小三以下の子に留守番させるのは虐
待」条例(こちらは廃案になったが)。そしてAV新法。マイナ保険証もそうだ。
当事者を蚊帳の外においた条例。エビデンスのない理由を並べた規制。恣意的な運用、
濫用を防ぐガイドラインのない法案。愚かで危険な条例、法案がいくつも提出され、通さ
れ続けている。
表現の自由は、言論の自由とセットの民主主義の根幹を成すものだ。これを制限するよ
うな法や条例に、我々はもっと関心を持たねばならない。
非実在青少年が話題になった時、BL好きの腐女子たちは、「規制されるのはキモヲタ
が好きな萌え絵、エロマンガだけ。自分たちは関係ない」とタカをくくっていた。しかし
現在、有害図書とされるものはBL作品が圧倒的に多いという。正に、
「ナチスが共産主義者を連れさった時、私は声をあげなかった。私は共産主義者ではなか
ったから。
彼らが社会民主主義者を牢獄に入れた時、私は声をあげなかった。社会民主主義者では
なかったから。
彼らが労働組合員らを連れさった時、私は声をあげなかった。労働組合員ではなかった
から。
彼らが私を連れさった時、私のために声をあげる者は誰一人残っていなかった」
これを地で行く出来事である。
愛するものがあるなら、他の誰かの愛するものが傷つけられ、奪われることに対しても
声を上げなくてはならない。それがどんなに下らなく、無用と思えるものであっても。
たかがマンガ、しょせんエロコンテンツと軽くみてはいけないのだ。
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