信長軍を撃退し、主君の城を乗っ取った若き天才の名
連載•小説
2026/03/09
墨俣築城の翌年となる永禄10(1567)年、信長は美濃攻めの総仕上げに入る。当然、藤吉郎と小一郎も一役買うのだが、その前後、信長は藤吉郎にある人物の調略を命じた。
その人物――竹中半兵衛とは、天文13(1544)年生まれと藤吉郎よりさらに7~8歳年下だったが、信長がまさに標的としていた斉藤龍興の重臣。永禄6(1563)年、信長がこの半兵衛に注目したある出来事が起こった。
龍興が14歳で家督を継いで間もない時である。「組み易し」と攻め込んだ信長軍を、20歳の半兵衛は「十面埋伏陣」という独特の待ち伏せ戦術で撃退してしまう。
その勝利をいいことに龍興は酒色に耽ってしまうが、失望した半兵衛はわずか16~17人の手勢で稲葉山城を乗っ取り、主君・龍興を追い出してしまう。
動機については「龍興を諫めるため」などと言われているが、半年ほど経ってから何と、城を無償で龍興に返還してしまう。自らが痛い目に遭ったこの無欲の天才を、信長が味方に引き入れようとするのも当然であろう。
間もなく隠遁生活に入った半兵衛を、藤吉郎と小一郎がどう調略したのかは不明だが、小一郎が熱心に誘ったとも言われる。記録の上で始めて半兵衛の名が藤吉郎・小一郎陣営に見えるのは少し先の元亀元年(1570年)前後となる。(つづく)
(西川修一)
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