第64回 椎野礼仁のTANKA de 爺さん
連載•小説
2026/07/13
弟 逝く
「字が見えない、書類を読んで」という電話 それが最後の会話となった
「字がふるえメモが取れない」ああそこで気づいてやれれば気づいてやれれば
遺されたノートに必死の五十音 幼児のようなガクガクの平仮名
歌詞らしき数行ギターのコード付き 小型のノートに濃いボールペンで
この曲は知りませんねとバンドメンバー まだまだやれると思っていたか
みずからの変調は自覚してたからその分きっと悔しかったろう
弟・椎野有明(ゆうめい)が逝った。享年72。自分のアパートでの孤独死だった。
5カ月くらい前に、彼のロックバンドのメンバーが「様子がおかしい」と知らせてくれたが、その時点ではそんなに重く感じてなかった。本人も「ボケが始まってるよ」と話題にできるくらいで、電話での会話は口調もはっきりし、やりとりにも何の支障もなかった。
7月7日夜、警察から電話があり、アパートに来てくれという要請。行く先が病院でなかったことで、覚悟した。風呂場で倒れていて、シャワーの音がしっぱなしだったことが、発見につながったとか。
10日に葬儀。直葬という、僧侶の読経なし、花束も不可という簡易な葬式。本来、身内だけが原則だったが、弟がリーダーを務めていたバンドメンバーが是非にということで、5人も列席してくれた。
高校時代から72歳で死ぬまで、ギター一筋の人生だったから、仲間に送られて幸せだったろう。急死だったので、病苦に苦しむということがなかったから、死に顔もきれいだった。
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