2026/04/17
そもそものS組長との接点
本人は「関与していない……」と言い、社内調査委員会は「指示と了承があった」と言う。厳しく両者の意見は対立し、結論は第三者委員会の調査に持ち込まれた。
だが8月15日に上がった第三者委員会による報告書にも、この対立は解消されるどころか、そのまま持ち越されて新たな火種となることに……。
さていよいよ23年8月15日に第三者委員会による報告書がまとめられ、三栄建築設計の8月15日付け適時開示で、受領の報告と報告書の公開が行われた。だが創業者で、S組長への利益許与を問われた同社創業者の小池信三が「指示も了承もしていない」と胸を張る一方、結論は期待を大きく裏切るものだった。大きなポイントは以下3点だ。
①業者選定で小池の指示があった
②小池の指示で、S組長に小切手が交付された
③小池はS組長に小切手が渡ることを認識しつつ、これに協力した
つまりは社内調査委員会の事実認定とほぼ何ら変わらない認識なのだが、ここで新たな登場人物として登場し、大きな役割を果たすようになるのが、第三者委員会委員長の安田博延弁護士と元社員のSだ。安田弁護士はもちろん、報告書作成の最大の責任者として、元社員Sは、報告書が事実認定で大きく依存した証拠や供述の提出者としてだ。
ここで報告書の事実認定について問う前に、元社員Sとはどういった存在なのかについて先に触れておかねばならない。そもそも今回の不祥事を仮に、「三栄建築設計での反社利益供与事件」と呼ぶなら、この事件が露見したのもこの元社員Sの存在あってのことだからだ。
まず22年9月12日に三栄建築設計本社などに警視庁の家宅捜査があったのも、元はと言えば、問題となった都内の2件の解体工事の現場で脅迫めいたものがあり、それが警視庁に相談事案として持ち込まれたからだ。脅迫事件は新聞沙汰にもなっている。
読売新聞が23年5月30日付け記事で、
〈解体工事巡り『早く終わらせないと庭に穴掘って埋めるぞ』…住吉会系組長が仲介業者を脅迫か〉
とのタイトルで報じている。同記事では、タイトルにあるような脅迫が解体工事の現場であったため、住吉会系の組長が暴力行為等処罰法違反容疑で逮捕されたというのだが、実は現場レベルでこの脅迫文句を言い放ったのが元社員Sだった。
だから結果論としては、元社員Sがこんな脅迫を行わなければそもそも事件全体も発生しなかったかもしれない。だが元社員Sがこう口走ったため、警視庁に相談が持ち込まれ、特別背任与につながる案件ありと、三栄建築設計本社などへの家宅捜索につながる。
三栄建築設計とS組長とのつながりの発端は、時期は詳細でないものの、2000年の少し前に同社がS組長の自宅を新築したことに始まる(登記は00年10月)。もちろんまだ三栄建築設計は名証セントレックスに上場しておらず(上場は06年9月)、11年10月に都の暴排条例が施行される前の話だ。ちなみに同社は93年に有限会社として設立され、96年に株式会社になった。それから約4年後ということになる。
そして施行後10年間はメンテナンス対応する義務があったので、S組長自宅担当者が置かれ、元社員Sはその3代目に当たる。
また小池の主張するところによれば、10年間は会社が対応するのは仕方が無いとして、06年にセントレックスに上場してからは正式に対応できないことをS組長に伝え、元社員Sにも付き合わないよう伝えていたという。だが小池とS組長の個人的な関係は残った。小池によれば、あくまで個人的付き合いで、決して積極的なものではなかったとのことだが、ここが調査結果を分ける大きなポイントになってくる。・・・・・・⑧に続く。
(本誌・第三者委員会問題追及班)
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